翻訳家による翻訳できない言葉の話

日本語と英語の狭間で呻吟し、言葉を超えたものに思いを馳せる翻訳家のエッセイ

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フォニックスと英語の発音

このブログを読んでくださった方から、フォニックスについてどう思うかと意見を求められたので、フォニックスと発音について書こうと思います。ウィキペディアをご覧になればわかるとおり、フォニックスは英語圏の子供たちに英語の読み書きを教えるメソッドです。教えるのは「読み書き」です。正しい発音を教えるためのメソッドではありません。

英語圏の子供たちは、初等教育を受けるころには、英語の正しい発音はすでに身につけています。でも読み書きはまだできません。日本の子供たちがひらがなやカタカナ、漢字を学ぶのと同じように、英語圏の子供たちもアルファベットや単語の綴りを教わります。英語は発音と綴りがかなり食い違う言語なので、英語圏の子供たちは自分たちがすでに知っている単語の発音と、その単語の綴りを結びつけるのに苦労するようです。英語圏の子供たちが「話せるけど読めない、書けない」大人にならないように、つまり文盲にならないために考えだされたのがフォニックスです。

たとえば、「こねる」という意味の “knead”という単語があります。6、7歳の子供でも、この単語はすでに知っているでしょう。この単語の “knea”という部分の発音は「膝」を意味する “knee”と同じですが、綴りが違います。しかも、どちらも “k”は発音しません。英語圏の子供たちは、発音のほうを先に(生活の中で自然に)学んで身につけてしまっているために、その発音と綴りを結びつけるのに苦労するわけです。

一方で日本人が英単語を学ぶ時には、発音と綴りを同時に学びます。「いや、発音は学ばなかった。綴りだけを学んでカタカナ式に単語を読んでいた」という人もいるかもしれません。そういう人が「フォニックスを学ぶと発音がよくなる」というようなセールストークを聞くと、飛びつきたくなるかもしれませんね。でも、フォニックスは発音をよくするためのメソッドではなく、音と綴りを結びつけるためのメソッドです。

フォニックスによる発音教育を宣伝しているYouTubeの動画をいくつか観てみましたが、その中には発音のよくない日本人の先生もいました。たとえば、 “b”の発音を教えるのに “bird”という単語を使っていた日本人の先生は、“ir”の発音が日本語の「あー」の音になっていました。“bird”の “ir”の音は「バード」の「ー」の音とはまったく違います。

“bird”の正しい発音を学びたければ、辞書を使えばいいと思います。“bird”の発音がカタカナの「バード」とどれくらい違うか、以下で確認してみてください。
http://www.thefreedictionary.com/bird

上のオンライン辞書はアメリカ英語とイギリス英語、両方の発音が聴けるのでリンクを貼りましたが、学習者が使うのは以下のような学習者用の辞書のほうがいいと思います。簡単な英語で説明が書かれていて、わかりやすいので。
http://www.learnersdictionary.com/definition/bird

もっとも、発音を聴くためだけならどんな辞書でもかまいません。単語の発音を知りたいと思ったら、いまの時代、いつでもどこでも、スマートフォンや電子辞書でネイティヴ・スピーカーの正しい発音を確認できますよね。

フォニックスは発音と綴りの関係を教えるメソッドなので、フォニックスを学ぶと英語が「自力で」読める(発音できる)ようになると言っている日本人の先生がいます。YouTubeで見かけたある先生は、「フォニックスを学んでいなかったら、英単語にカタカナを振らなければ読めない(発音できない)」とおっしゃっていて、びっくりしました。

発音のわからない単語を「自力で」発音することに、わたしは大反対です。自己流で英語を発音しようとすると、間違った発音を憶えてしまう危険があるからです。英語の発音と綴りの関係にはあまりにも「例外」が多く、たとえフォニックスを学んでも、フォニックスが教える発音の法則に当てはまらない読み方が無数にあります。

アメリカ人の英語教師が、フォニックスの発音ルールの「例外」について書いていました。
have – gave
love – cove
come – home
chocolate – late
http://eflfrog.com/blog/what-is-wrong-with-phonics/
簡単な単語ばかりですが、左側は「silent “e” (単語の語尾にあるeは発音しない)がある場合は最初の母音を長く発音する」というフォニックスのルールが当てはまらない単語のごく一部です。(ちなみに、「silent “e”」というルールにも「例外」があります。たとえば “she”)

シンガポール人が発音を間違えやすい英単語に関する動画を見つけました。“jewellery (jewelry)”や“sword”という単語、皆さんは発音できますか?



正しい発音を聴いて育つ英語のネイティヴ・スピーカーから見れば、考えられない間違いです。

では、フォニックスを学べば、 “jewellery”や “sword”を「自力で」正しく発音できるようになるのでしょうか? フォニックスが教えている発音と綴りの関係に関するルールを調べてみました。以下のとおりです。
http://english.glendale.cc.ca.us/phonics.rules.html
http://phonics.friends-esl.com/phonics-rule.php

ご覧のとおり、最初のサイトに記載されているルールは10個。2番目のサイトに記載されているルールは16個です。ひと口にフォニックスと言っても、教えるべきルールが決まっているわけではないようですね。最初のサイトは “phonics rules”でグーグル検索して一番上に表示されたサイトで、グレンデール・コミュニティ・カレッジというアメリカの教育機関が提供している資料です。このサイトが定義しているフォニックスの10のルールのうち、1番目のルールを見てください。“Sometimes the rules don’t work”とあります。10のルールの初っ端が、「ルールが当てはまらないこともある」なのです。

日本人のサイトで説明されている16のルールをすべて頭に叩き込んだ学習者が、“jewellery”という単語に出くわしたと仮定しましょう。“jewellery”が16のルールのどれかに当てはまるかどうか考えながら学習者が発音を「自力で」見つけようとしたとしても、正しく発音できないはずです。“sword”も同じです。ルール14は「wから始まる単語のwは発音しない」となっていますが、“sword”は “s”から始まるので、このルールは当てはまりません。

そもそも、フォニックスのルールの「例外」はどの程度あるのでしょうか? 全英単語の1パーセント? 5パーセント?

綴りを教えるのに(「発音を教えるのに」ではありません)フォニックスは必須だと考えているフォニックス擁護派の教師が書いたブログでは、フォニックスのルールが当てはまる英単語は84パーセント前後となっています。「例外」は16パーセント前後ということですね。
http://goo.gl/Vad9JU

下のサイトは各ルールごとに、そのルールの「例外」がどの程度あるかを示しています。(スクロールダウンして表をご覧ください)
http://www.ascd.org/publications/books/108002/chapters/Phonics-and-Word-Study.aspx

「silent “e”がある場合は最初の母音を長く発音する」というルールの「例外」は32パーセントと書いてあります。

フォニックスを擁護する立場の教師が書いている数字を信じるとしても、フォニックスのルールを完璧に理解して頭に叩き込んだ上で英単語を10個「自力で」発音しようとすると、1個ないし2個は間違えるということになります。中学校で教わる英単語が1200くらいですから、フォニックスのルールを頼りに「自力で」発音しつづけていると、中学校を卒業するころには200ほどの英単語の発音を間違って記憶することになります。

ルールを暗記して、そのルールに当てはめながら「自力で」発音して間違った発音を憶えてしまうのと、電子辞書やオンライン辞書に綴りを入力し、ネイティヴ・スピーカーの発音を聴いて正しい発音を学ぶのと、どちらが効率的でしょうか?

発音と綴りにある程度の関連性があるのは事実です。たとえば、上に例に挙げた “knead”です。この単語に初めて出くわした時、フォニックスのルールを頭に叩き込んでいれば、“kn”から始まる単語の“k”は発音しないというルールと、母音がふたつ続く時はひとつ目を長く発音してふたつ目は発音しないというルールを活かして、正しい発音ができます。

もっとも、その程度のルールは、わざわざ学ばなくても自然にわかるようになります。フォニックスを知らない人が “knead”という単語を見て、オンライン辞書などで発音を確認したとしましょう。ネイティヴ・スピーカーの発音を聴けば、 “k”は発音しないとわかります。その時、普通の思考力や記憶力の持ち主であれば、「ああ、そういえば “knock”の“k”も発音しなかったな。“knife”の“k”も“knee”の“k”も発音しなかった。“kn”で始まる単語は最初の “k”を発音しないのかも」と考えるでしょう。また、“ea”は「“lead”や“eat”や“dream”の“ea”と同じ音だな。そうか、“ea”はこの発音になることが多いんだな」とわかるはずです。

そもそも、フォニックスのことをほとんどの日本人が知らなかった(わたしが英語を学んだ)40年前でも、「“kn”で始まる単語の “k”は発音しない」という程度の基本的なルールは教えられていました。以前お薦めした参考書、“Practical English Usage”(Michael Swan著)の “spelling and pronunciation”の項にも、綴りと発音の関係や例外的な綴りが説明されています(下にリンクを貼りました)。

日本人がフォニックスを活用しようとすることには無駄が多いとわたしが感じるもうひとつの理由に、ネイティヴ・スピーカーの場合は、綴りと発音を結びつけることができなくてもその単語をすでに知っていることが多いのに対して、日本人はその単語を知らない場合が大半だという事実があります。

ネイティヴ・スピーカーの子供は、“knead”という単語の綴りと発音を結びつけることができた瞬間に “knead”の意味がわかる(すでに知っている単語なので)のに対して、日本人で “knead”の発音がわからない人は、“knead”の意味も知らないケースが大半なので、本を読んでいて “knead”という単語に出くわしたら、どっちにしても辞書を引かなくてなりません。単語を発音できても意味がわからなければ役に立たないわけですから。どっちにしても辞書を引くのであれば、辞書を引いたついでに音声も聴いたらいいじゃないかと思うのですが。昔と違って、いまは電子辞書やスマートフォンを使えば、いつどこにいてもネイティヴ・スピーカーの発音が聴けるのですから。

英単語にカタカナを振る人がいると知った時はびっくりしました。是非やめることをお勧めします。わたしはそういうことをしたことがありませんが、頭の中で無意識のうちに日本語のような発音で英単語を発音していた時期がありました。そのころ、アメリカ人と話をしている時に、その人が“He is a cowed”と言ったように聞こえたので、 “What’s ‘cowed’?”と聞き返したことがありました。その人は驚いたような顔で、 “Don’t you know ‘cowed’? Fearful, timid.”というような意味のことを言い、それを聞いてわたしはやっと「ああ、“coward”のことか」と気づいたのでした。

“cowed”と聞こえた時に、よく知っている単語“coward”のことだとなぜ気づかなかったかというと、“coward”を頭の中で「コワード」と読んでいたせいだと思います。わたしは普段英語を話す機会がほとんどなく、数年前までの十数年間、仕事で英語を読む以外はできるだけ英語に触れないように(聴かないように)していたので、英語の音と疎遠になってしまっていたのです。ここ数年は英語の音声を時々聴いて、正しい発音を忘れないように多少努力していますが。すでに意味を知っている単語でも、発音を正しく認識しているという自信が持てない単語を見かけるたびに、辞書の音声機能で確認するようにしています。正しい発音を知っておくことは、英語を話す時だけでなく聴く時にも必要なので。

“coward”の正しい発音はこうです。
http://www.learnersdictionary.com/definition/coward

フォニックスに話を戻しますと、結局のところ、フォニックスは1番目のルール(ルールが当てはまらないこともある)を認識した上で、単語の発音と綴りの関係をざっくり学ぶには役に立つと思います。フォニックスの適当なビデオがないかどうかYouTubeで探したのですが、子供向けのもの(アルファベットの発音を教えるもの)ばかりで、フォニックスのルールを大人(中学生以上)向けに簡潔に説明していて、なおかつネイティヴ・スピーカーが発音のお手本を見せているものを見つけることができませんでした。市販されている教材の中には、大人の学習者を対象とした適切なものが存在しているかもしれませんが。

次のビデオはフォニックスを謳っていないものの、「silent “e” がある時は最初の母音を長く発音する」というルールを教えています。



発音を一からやり直したい人は、いろんな発音教材の動画がYouTubeにありますから、いくつか観てみて、気に入ったもので練習するといいのではないでしょうか。

イギリス英語の教材の一例:


アメリカ英語の教材の一例:



このアメリカ人の先生は目が無表情で怖いと思うのはわたしだけ? (^^;)

とてもいい発音教材を見つけました。



このsozo exchangeという組織がアップロードしている動画はお薦めです。ホームページは以下にあります。
http://sozoexchange.com/

秀逸なサイトと言えば、English Centralという学習サイトをご存知ですか? 英語の字幕が入った動画を観ながら学べるサイトです。
http://www.englishcentral.com/videos#

ひょっとしたら以前にもご紹介したことがあったかもしれませんが、このサイトはほんとうによくできていて感心します。ひとつの動画が短いのもいいですね。半端な時間にも学習できます。まず音声だけを何度も繰り返し聴いて、それから聴きとれなかった箇所の字幕を確認することをお勧めします。聴きとれない単語、わからない単語をクリックすると、その単語の説明が表示されて発音を聴くこともできます。

メンバーになると(無料メンバーでもかなりの機能が使えます)、なぜかサイトの表記が日本語になってしまいました。英語表記に切り替えて使うといいと思います。右上の地球儀のようなマークにカーソルを持っていくと、表示言語を切り替えることができます。ほかのサイトを使う時も、英語表記を選べる場合は英語を選んで、英語を「使う」ことに慣れることをお勧めします。



Practical English UsagePractical English Usage
(2005/07/07)
Michael Swan

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わたしはビール

大学で日本語を学んでいる外国人(ヨーロッパの学生。英語のネイティヴ・スピーカーではない)から、「日本人は、“I’m beer”って言うと聞いたけど、ほんとうですか?」と英語で訊かれて、「わたしはビールです? そんなこと言わないよ」と否定しそうになりました。

でもよく考えてみると、「わたしはビール」……言いますね。
「わたしもビール」も言いますし。
「わたし枝豆」「ぼく唐揚げ」なんてのもあります。

英語で言うなら、 “I’ll have~~”とか “I’d like~~”でしょうか。

友人数人と好きな動物の話をしていたときのこと。
「わたしは馬」
「わたしは猫」
「わたしはウサギ」
と、ここまでは納得だったけれど、
「わたしはスズメ」と言った友だちがいました。
「好きな動物って訊かれて、スズメかい! ピンポイントでスズメ!」とみんなから突っ込みが入りました。

英語だったら、“What is your favorite animal?”という質問には単に “Horses”とか答えるでしょうね。

誰でも一つや二つ、苦手なものはあるもので、なにが怖いかという話をしていたときのこと。
「わたしはゴキブリ。嫌いなんじゃなくて、怖い」
「わたしはヘビ」
「わたしは鳥。とくに脚が気持ち悪い」
一人、黙りこんでいる友人がいました。
「ヨーコはなにが怖いの?」と尋ねると、
「人間」と一言。

「わたしはゴキブリ」と英語で答えるなら、“I’m scared of cockroaches”と言うこともできますが、 “Cockroaches scare me”はすごく英語的な言い方です。 “I’m scared of cockroaches”と言うと、ゴキブリを怖がる自分のほうになにか問題があるように感じられるのに、“Cockroaches scare me”と言うと、「わたしを怖がらせる悪い奴、ゴキブリ」みたいなニュアンスを感じるのは、わたしだけでしょうか。

人混みは苦手だというヨーロッパの友人(英語のネイティヴ・スピーカーではない)が、 “Crowds irritate me”と言ったときは、わたしにはできない発想だったので感心しました。わたしはいつも“I don’t like crowds”と言っていたのですが、“Crowds irritate me”のほうが、問題は自分にではなく人混みのほうにあるように感じられます。「いいなあ。これからはこっちを使おうかな」と思いました。

こういう、日本語とは発想がまったく違う英語の構文や主語の選び方を知ると、ちょっと大げさですが、意識の地平が広がるような気がします。

語学が苦手な日本人?

「日本人は語学が苦手だと思いますか?」と日本人に尋ねたら、ほとんどの人が「そう思う」と答えるでしょう。「6年も英語を勉強したのに喋れない」「10年も勉強したのにできない」と嘆く日本人が大勢います。

あるアメリカ人が2008年に日本と韓国を旅行しました。その人は旅行する国の言葉を、いつも少しは学んでから出かけることにしており、韓国ドラマを観ていたこともあって韓国語に興味があり、最初は韓国語を勉強したそうです。でも「日本人のほうが英語ができない」という噂を聞いて、途中から日本語の勉強に切り替えました。

ところが実際に旅行してみると、日本のほうが英語が通じたそうです。ただし、韓国では田舎に行くことが多く、日本ではほとんど都会を旅行したとのこと。都会の人のほうが外国語ができる確率が高いでしょうから、日本のほうが英語が通じたのは、そのせいだったかもしれません。

わたしは京都府北部の小さな町に住んでいます。観光名所のある町ですが、欧米人の観光客はあまり見かけません。それでも、駅員さんは片言の英語が話せます。つい先週のこと、めずらしく個人旅行の白人男性が、コインロッカーの料金を駅員さんに尋ねており、30歳前後の駅員さんが“One hundred”と英語で答えていました。

この駅員さんは「ぼくは英語ができる」と思っているでしょうか? たぶん、思っていないでしょう。むしろ、「ぼくはなんて英語ができないんだろう。6年も勉強したのに、全然話せない」と思っているのではないでしょうか。

コインロッカーの料金を訊かれていることを理解して“One hundred”と咄嗟に答えられることは、英語ができるうちに入らないでしょうか? 20年以上前、あるイギリス人夫婦の知り合いがいました。10年以上日本で暮らし、日本で育った日本語が堪能な息子さんには日本人の婚約者がいましたが、その夫婦は日本語で数を数えることすらできませんでした。

小さな商店の多い京都市内で暮らしていましたし、1980年代でしたから、レジスターに表示される金額を見れば買い物ができる店ばかりではありませんでした。「買い物するとき、どうしてるの?」とわたしが不思議に思って尋ねると、奥さんのほうがこう答えました。「お財布を渡すの。日本人は正直で、お釣りをごまかしたりしないから」

ちなみに、この夫婦は英語の先生でした。日本で10年以上暮らしながら、日本語でお金の勘定すらできるようにならなかったのに、日本人に英語を教えていたのです。外国語の学び方は知らなくても、教え方は知っていたのでしょうか。

この夫婦は極端な例かもしれませんが、長年日本で暮らしても、ほとんど日本語が話せるようにならない英語のネイティヴ・スピーカーはたくさんいます。なぜ彼らが日本語ができるようにならないかと言うと、日本人が英語ができるからです。英語しか話せなくても、英語ができる日本人の同僚、知人、友人、通りすがりの人たち、駅員さん、店員さんが助けてくれるからです。

日本に興味を持ち、日本語を学んで、「もっと日本語ができるようになりたい」と考えて日本に来る英語のネイティヴ・スピーカーの多くが直面する問題が、日本人が英語を話したがることです。学校でも職場でも日本人が英語で話しかけてきて、しかもその人たちの英語のほうが、日本に来た英語のネイティヴ・スピーカーの日本語よりも上手な場合が多くて、結局日本語を使う機会がほとんどないのが悩みの種、という人がたくさんいます。

「でも欧米人は何カ国語も喋れる人がめずらしくないのに、日本人で数カ国語ができる人はまずいない」と言う人もいるかもしれません。たしかに欧米人で「わたしは3カ国語できる」「4カ国語できる」と豪語する人はけっこういます。

わたしはイギリス英語を教える英語学校に勤めていたことがあります。その学校の教師の大半は日本以外の国でも英語を教えた経験があるイギリス人でした。イタリアとスイスで数年間教えた経験がある教師は、フランス語とイタリア語が堪能だと自称していました。ブラジルで教えた経験のある教師は、ポルトガル語がペラペラだと言っていました。ポルトガル語とフランス語ができると言っている人もいました。ところが彼らのなかで、日本語が「ペラペラ」になった教師は一人もいませんでした。「ペラペラ」どころか、何年日本で暮らしても片言の域を出ませんでした。

少し古いですが、『ニューズウィーク』誌におもしろい記事が出ていました。
www.thedailybeast.com/newsweek/2011/08/07/why-it-s-smart-to-be-bilingual.html
以下、引用です。
Bilinguals also appear to be better at learning new languages than monolinguals. London-based writer Clarisse Lehmann spent her early childhood in Switzerland speaking French. At 6, she learned English. Later she learned Spanish, German, and, during three years spent living in Tokyo, Japanese.

拙訳です。「2カ国語が話せる人は1カ国語しかできない人よりも、新しい外国語を学ぶことに長けているようだ。ロンドン在住のライター、Clarisse Lehmannさんは幼少期をスイスで過ごし、フランス語を話していた。6歳で英語を学んだのち、スペイン語、ドイツ語を習得し、東京で3年間暮らしたときに日本語を身につけた」

そのClarisse Lehmannさんはこう言っています。 “In Japanese, there’s no sarcasm. When I tried, it would be ‘We don’t understand what you’re trying to say.’?”

拙訳です。「日本語には皮肉が存在しません。わたしが皮肉を言っても、『なにが言いたいのかわからない』といった反応が返ってきたのです」

日本語には皮肉が存在しない? 興味深い説ですね。初耳です。

Clarisse Lehmannさんの日本語はおそらく片言程度でしょう。それにしても、皮肉を言って通じなかったとき、それを自分の日本語力の低さと解釈するのではなく、日本語には皮肉が存在しないと断定するその大胆さには敬服します。

Clarisse Lehmannさんの日本語力は、これでだいたいわかりました。ちょっと調べてみると、この人は6歳でニューヨークへ引っ越して、その後はおもに英語圏で暮らしてきたようですから、母語は英語なのでしょう。だとすると、この人のフランス語、スペイン語、ドイツ語の能力はどの程度のものでしょうか? フランス語、スペイン語、ドイツ語は、皮肉が言える程度には堪能なのでしょうか?

イギリスの英語学校にいたとき、こんなことがありました。イタリア人二人がイタリア語で話している会話を、イタリア語を学んだことのないブラジル人が、「なにを言っているのか、だいたいわかる」と言ったのです。ポルトガル語とイタリア語はそれくらい似ているということなのでしょう。

英語とその他のヨーロッパ系言語と、英語と日本語の距離を比較すれば、ヨーロッパ系言語をいくつも(どの程度のレベルかわかりませんが)話せる人が、日本語は何年経っても片言しかできないのも、無理はないかもしれません。日本語を習得するためには、同じヨーロッパ系言語を習得する場合よりも、はるかに多くの努力を必要とするでしょうから。

韓国語を学ぶために韓国の語学学校に留学すると、もたもたしている欧米人を尻目に、日本人はめきめき韓国語が上達していくと聞いたことがあります。英語を学ぶためにイギリスに留学して、どんどん英語がうまくなっていくヨーロッパの学生を横目で見ながら、日本人が四苦八苦するのとはまったく逆の現象が起きるのですね。韓国語の構造は日本語に近いからでしょう。

イギリスの英語学校にいたとき、スイスのフランス語圏から来たあるスイス人の英語が、訛りが強くてじつに聴きとりにくく、クラスメート数人が「もっとわかりやすく話して」と頼んだことがあったのですが、そのときのスイス人の反論がけっさくでした。

「きみらがぼくの英語を理解できないのは、きみらの英語力が低いからだ。ぼくは英語をフランス語式に発音している。英語風に発音しようなんて思わない。だって、フランス語式に発音しても、英語のネイティヴ・スピーカーはぼくの英語を理解してくれるから。きみらがぼくの英語を理解できないのはきみらの問題であって、ぼくの問題ではない」

すごいでしょう? 彼は最初から、「英語らしく発音しよう」なんて思っちゃいなかったのです。英語をフランス語読みしていたのですから、わかりにくかったのも当然です。

こんなこともありました。討論の授業で、二人のスペイン人がなにやらまくしたてていましたが、なにを言っているのかさっぱりわかりません。ドイツ語圏から来たスイス人の女性が腹を立てて、「あなたたち、スペイン語はやめてちゃんと英語で話しなさいよ!」と怒鳴りました。するとスペイン人二人はきょとんとした表情で、「え? ぼくたち英語で話してるけど」と答えたのです。ちなみに、上級クラスでした。

こういうことは、けっこうあります。アジアの国の人のなかにも、強い訛りを気にするふうもなく、間違いだらけの英語で早口にまくしたてる人がいます。相手がなにを言っているのか理解できないとき、日本人の多くは、相手の英語を理解できない自分の英語力を責めます。こういうときわたしは、「もっとゆっくり喋ってください」と頼みます。相手が英語のネイティヴ・スピーカーで、訛っていないときでも同じです。わからなければ何度でも聞き返せばいいと思います。わたしたちにとって英語は外国語なのですから。

ベンチャー・キャピタリストの原丈人さんがこんなことをおっしゃっていました。「『世界共通語としての英語』を使うのはいいけど、『母国語としての英語』を使うのはフェアじゃない」
www.1101.com/hara/second/2008-09-10.html

世界銀行の総裁を経験したような人と英語で議論していたとき、相手は原さんの主張を二重否定、三重否定のような英語のテクニックを使って反論してきたのだそうです。原さんは業を煮やして、「これ以上話を複雑にしたいんだったら、日本語でなければ話をしない」と捨て台詞を残して帰ってきたとのこと。結局相手は原さんの怒りを理解してくれたそうです。

上に書いたように、わたしは京都府北部の観光地に住んでいます。日本人にはよく知られた観光地ですが、欧米人の観光客はほとんど見かけません。もっと宣伝すれば、京都市内の観光のついでに、この小さな町まで足を延ばしてくれる欧米人の旅行者はもっといるはずだとわたしは考え、市役所に話をしにいったことがありました。英語のパンフレットを作って関西空港や京都市内の観光案内所に置いたらどうか、英語の公式ブログを始めて、町の見所やお祭りなどを宣伝したらどうか、と提案したのです。ブログの英文はわたしが無償で書くから、とも言いました。

ところが、50代後半とおぼしき観光課の責任者は、「旅館やレストランの従業員もバスやタクシーの運転手も英語が話せないから、外国人の観光客に来られても困る」と答えたのです。この町は観光がおもな産業です。そして観光客は減りつづけています。観光客が多すぎて困っているわけではないのです。町の経済は傾いていく一方なのに……。

観光課の責任者は、「英語がペラペラ」でなければ観光客に対応できないと考えているのかもしれません。個人旅行者がどんなふうに世界を旅してまわっているか、たぶんご存知ないのでしょう。外国を旅行するのに、言葉はそれほど必要ありません。旅館でもレストランでも、片言の英語と電卓と身振り手振りで事は足ります。

そもそも、言葉が通じる場所を安全に旅したいと考える人たちは外国に個人で旅行に出かけたりしません。ハプニングとは無縁に旅したい人たちは添乗員がつくようなツァーに参加しますし、外国人ツァー客の添乗員は外国語が話せます。

「これからはグローバル化社会だから英語は必須」と言う人たちは、どの程度の英語力が必要だと考えているのでしょう? 前回の記事で山中伸弥教授の講演をご紹介しましたが、あれほどの英語力(英語で講義ができる英語力)を必要とする仕事に就く人は稀でしょう。

20年以上前、大手自動車メーカーの海外事業部で、派遣社員として何カ月か働いたことがありました。そのときに、強い日本語訛りの英語で、堂々と交渉する社員の方を何人も見ました。頼もしい姿でした。

要は、通じればいい。仕事ができればいい。英語を使おうが、英語を使わずに身振り手振りですませようが、片言の英語で喋ろうが、日本語訛りの英語で喋ろうが、しなければならないことができればいい。わたしはこう考えていますが、みなさんはどうですか?

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プロフィール

May

Author:May
翻訳家。フリーランスになって24年。出版翻訳専門。京都府在住。

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