翻訳家による翻訳できない言葉の話

日本語と英語の狭間で呻吟し、言葉を超えたものに思いを馳せる翻訳家のエッセイ

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Antimoonの6原則(インプット)

 
 英文をたくさん読んだり聴いたりして英語を頭のなかにインプットするという、Antimoonのこの5番目の原則は、語学学習のすべてかもしれません。

 じつはlang-8のメンバーになるまで、わたしはインプットがどれほど大切かということを、あまり理解していませんでした。自分がどのようにして英語が上達したか、深く考えたことがなかったのです。

 lang-8のメンバーになって、摩訶不思議な日本語をねつ造する日本語学習者の文章を読むうちに、外国語ができるようにならない人たちのパターンが見えてきたような気がします。逆に、初級者なのにほとんどまちがいのない、自然な日本語を書くことのできる学習者もいます。そういう人たちは、いまは初級者でも、着実にステップアップしていきます。

 上達する人は、日本人が使う日本語を真似しています。上達の見込めない人は、辞書で調べた単語と、どこかから仕入れた文法知識を使い、自分の力で文章を組み立てます。そして知識が足りない部分は、母国語の感覚で補おうとします。つまり、母国語を外国語に翻訳しようとするわけです。そういう人たちが自力で作った文章は、わけのわからない日本語になっています。

 これまでにも書きましたが、語学には独創性も思考力も必要ありません。数学のように、考えて答えを導きだす学問ではないのです。答えは最初から出ています。ネイティヴスピーカーの話し方、書き方が答えなのですから、そのとおりに真似して話したり書いたりすればいいだけです。

 すでに書いたとおり、わたしはイギリスに行くまで英語を話したことがありませんでした。ところがイギリスに着いたら、日常会話には不自由しませんでした。長年聴きつづけたラジオ英語講座の耳からのインプットと、多読による目からのインプットによって、ネイティヴスピーカーの英語の使い方が、かなり頭に刷り込まれていたのだと思います。

 また、渡英してから3か月間はおもしろいように英語が上達したと書きました。実際に英語を使うようになったら上達したと聞けば、それまでインプット100パーセントだったのが、アウトプット100パーセントになったことによって劇的に英語力が伸びたのだと解釈されるかもしれません。

 けれど、イギリスへ行ったことによってインプットも飛躍的に増えたのです。日本にいたときはフルタイムで働いていましたので、英語に割く時間は、平日は多くても2時間以内だったと思います。それが渡英後は、起きている時間は一日じゅう英語になりました。

 その起きている時間の大半は、人の話を聴いたり、テレビを観たり、本や新聞を読んだりといった、インプットに費やされました。自分が話したり書いたりしていた時間は、振り返ってみればごくわずかだったのです。

 これは外国から来て、相撲部屋で修行をしている力士のみなさんも同じだと思います。海外から来て、突然日本語を話すわけではありません。まず聴くこと、つまりインプットから入ります。そして「こういうときは、こう言うんだな」と理解して、真似をします。また、「こういうときは、こう言いなさい」と教えてもらって、そのとおりに言うこともあるでしょう。つまり、文法知識を使って日本語の文章を捻りだしているわけでもなければ、母国語を日本語に翻訳しているわけでもなく、ネイティヴスピーカーの真似をしているのです。

 外国語を学ぶとき、たいていの人は「母国語のように学ぶのは無理だ」と感じるのではないでしょうか。赤ん坊のころからその言語にどっぷり浸かってきたわけではないのだから、その言語に浸ってインプットを増やすことによって外国語を身につけようとするのは無理だと考えるのが普通でしょう。ですから、英文法を習って単語を憶え、習った英文法に単語をはめ込むことによって文章を作ろうとします。また、母国語で考えた文章を、外国語に翻訳しようとします。それが外国語を習得する近道だと信じているようです。

 たしかに文法の知識も場合によっては役に立つのかもしれません。けれど少なくともわたしの場合は、英語を使っているときの自分を観察してみると、文法をいちいち考えながら話したり書いたりしていません。むしろ、自然に頭に浮かんだ英文やフレーズを、声に出したり書いたりしているだけのようです。

 また、頭のなかにある日本語の文章を英語に翻訳して喋ろうとすることは、絶対にありません。それをしようとしたら、喋れなくなります。なぜなら、英語を話すことよりも日本語を英語に翻訳することのほうが、何倍もむずかしいからです。

 文法規則を憶えてそれを活用しようとする学習法には二つの欠陥があると、Antimoonは指摘しています。
1. 文法規則を暗記するのはむずかしい。規則を暗記するよりも、例文をたくさん読んで、英文に対する直感力を養うほうが簡単である。
2. 文法規則を活用するのは時間がかかりすぎる。まず規則を暗記し、言いたいことにどの規則があてはまるのかを判断し、それからその規則に従って英文を作らなければならない。

 日本人ならたいてい学校で五文型というものを習ったと思います。SVCとかSVOとかいう、あれです。英語ができる人は英語を話したり書いたりするときに、5文型のなかのどの文型を使うかを考え、そのうち一つを選び、知っている単語をその文型のなかにあてはめて文章を作るかと言えば、そんなことはしません。

 Antimoonは、英文をたくさんインプットすれば、あとの仕事は脳が勝手にやってくれると言っています。インプットした正しい英文を、必要なときに脳が勝手に引っ張りだしてきてくれるから、英語を話したり書いたりできるようになるのだと。これは、多くの語学学習者が「そんなことはできるはずがない」と信じている方法です。母国語ではないのだから、例文をインプットしただけではできるようになるはずがないと、多くの人が信じています。

 できるはずがないことを、Antimoonのおふたりはしています。実際に大量の英文をインプットすることによって、英語を使いこなせるようになったのです。振り返ってみれば、わたし自身もそうでした。イギリスに留学したとき、同じクラスにいた、一流大学を出たふたりの日本人がとても文法に詳しいことに、わたしは驚かされました。けれど、わたしのほうが英語ができたのです。わたしのほうが流暢に話せましたし、英文を読むのもわたしのほうが速かったのです。インプットの量の差だったと思います。

 わたしの場合はラジオの英語講座によって、文型パターンをインプットしたように思います。文法規則ではなくて、例文をインプットしたのです。たとえば、I told him to go.という文章があったとします。この文章について、「これは5文型のどれにあてはまるだろうか?」などと考えたことは、一度もありません。

 わたしがしたのは、I told him to go.という文章を頭にインプットしたことだけです。ラジオ講座を毎日聴いていましたから、Please tell him to go.という文章も出てきたかもしれません。Could you tell him to go?あるいは She didn’t tell him to go.など、さまざまなバリエーションをインプットしたでしょう。そのおかげで、似たような英文を言いたい状況に置かれたとき、勝手に文章が頭に浮かぶようです。

 よく「英語で考える」とか「英語で考えられるようになりなさい」とか言いますが、じつはわたしはなにも考えていないようです。lang-8のような添削サイトで、ほかの人がI told him go.という文章を書いているのを見たとき、わたしは文法知識に照らし合わせて、「これはまちがっている」と判断するわけではありません。そうではなくて、I told him to go.という英文が自然な英文だという感覚が備わっているので、自然でない英文を見たときに、「なんか変だな」と感じ、「ああ、ここが変だ」とわかるのです。

 これは外国人が書く日本語を見たときに、「なんか変だな」「ああ、ここが変だ」と感じるのとまったく同じです。考えて英語を話したり書いたりしているわけではなく、感覚に頼って話したり書いたりしています。

 こんなふうになれたのは、わたしが語学の才能に恵まれていたからだと、友人たちからは言われてきました。また、「わたしにはそんな才能はないから、文法をちゃんと勉強しないとだめ」と言う人もいます。

 けれど、文法規則をあらかじめたくさん暗記しておいて、実際に英語を話す段になったら、どの文法規則を使うべきかを考え、判断し、選び、選んだ規則を思いだして、その規則に単語をあてはめて話すという一連の作業のほうが、はるかにむずかしくないでしょうか? それだけの複雑な作業を、一瞬で片づけることのできる人がいるでしょうか?

 また、文法規則に単語をあてはめると言っても、英単語と日本語の単語はたいていの場合、一対一で対応しません。英語表現をまるごと憶えていなかったら、使いものにならないのです。日本語を英語に逐語訳しても、通じない英文しか作れないのですから。

 日本語が母国語だから、日本語で考えた文章を頭のなかで英語に翻訳して話すのが一番近道のはずだと信じている人たちに対しては、「翻訳を舐めないでください」と言いたいです。日本語と英語は、ロジックがまったく異なる言語です。それを翻訳するのは、並大抵のことではありません。そんなことを瞬時にできるようになろうとするのは、同時通訳者になろうとするのに似ていると思います。あなたは同時通訳者になれるくらいに語学の才能に恵まれていますか?

 文法規則を頭に詰め込んだり、母国語を外国語に翻訳しようとしたりするよりも、外国語をたくさんインプットして、脳が外国語に慣れてくれるようにし向けるほうが、はるかに簡単で効率がいいと、わたしはlang-8の学習者を見て確信しました。lang-8で出会った人たちの学習法については、べつの記事で書く予定です。

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プロフィール

May

Author:May
翻訳家。フリーランスになって24年。出版翻訳専門。京都府在住。

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