翻訳家による翻訳できない言葉の話

日本語と英語の狭間で呻吟し、言葉を超えたものに思いを馳せる翻訳家のエッセイ

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Antimoonの6原則(インプット その2)

 
 前回の記事で言葉足らずだったところを補足したいと思います。

 Antimoonの「まちがいを避けなさい」という3番目の原則について説明したときに(7月17日の記事)、インプットした範囲のことしか正しいアウトプットはできないと書きました。

 外国語を学んでいる人のなかには、「ネイティヴのようにペラペラになりたい」と願っている人が多いかもしれません。そういう人がイメージする「ペラペラ」というのは、母国語と同じように外国語を操れることでしょう。

 わたしは英語でコミュニケーションをとれますが、日本語と同じように英語を話したり書いたりすることはできません。日本語でならかなり凝った表現を使えますし、細かいニュアンスを使い分けることができます。けれど、英語ではなかなかそんなふうにはいきません。また、日本語と英語はまったくちがう言語ですから、日本語のニュアンスを英語で表現するのは、たいていの場合不可能です。

 外国語で話したり書いたりするときに大切なのは、自分が知っている単語や表現を使ってコミュニケーションをとることです。簡単な表現しか知らないのであれば、その簡単な表現をいかに使うかが鍵になります。

 昔英会話を教えていたとき、毎回挨拶から授業に入って、「この一週間なにをしていましたか?」と質問していました。ちょっとしたフリーディスカッションをするわけです。

  そんなとき、原則として英語のみで授業をしていたにもかかわらず、日本語でいきなり「弱り目にたたり目って英語でなんて言いますか?」というような質問をする人がいました。「弱り目にたたり目」に相当する英語表現は存在します。けれど、それを知らなかったら言いたいことを表現できないでしょうか?

 たとえば、昨日天気予報が晴れと言っていたから傘を持たずに出かけたら、雨が降った。買ったばかりの高かったパンプスが濡れてしまった。しかも、そのパンプスのかかとが舗道の亀裂に引っかかって転んでしまった。

 そういう状況があったとしましょう。日本語で話すときは、「昨日は弱り目にたたり目だったんです。じつはね・・・」と話を始めたいかもしれません。でも、「弱り目にたたり目」と言えなくても、It was my unlucky day.と言うことはできるかもしれません。I was unlucky yesterday.でもいいでしょう。unluckyという言葉が出てこなかったら、It was a bad day.でもいいのです。

 知っている表現しか使えません。英語を流暢に話しているように見える人たちは、みな自分が知っている範囲の表現を使っているだけです。あなたの英語がどんなに上達しても、おそらくあなたの日本語には追いつかないでしょう。日本語で表現するのとそっくり同じことを英語で表現しなければ気がすまない人は、いつまで経っても英語を使えないだろうと思います。

 日本語を英語に翻訳して話したり書いたりしようとする人は、「弱り目にたたり目」という表現を英語にできなかったら言葉に詰まって黙り込みます。なかには、「弱り目」はweak eyesだから・・・と、直訳しようとする人もいます。もちろん直訳しても意味は通じません。わけのわからない英文が生まれるだけです。

 また、日本語を英語に翻訳して話そうとする人は、自分のレベルを無視して複雑な構文の日本語を英語にしようとします。日本語では複雑な構文の文章を話したり書いたりできるので、それと同じことを英語でもしようとするわけです。けれど、そういった英語を書けるだけのインプットができていないので、摩訶不思議な英文を作ってしまいます。じつはそんな無理をしなくても、自分がインプットしてきた英語だけを使って同じことを表現できる場合が多いのです。

 わたしがlang-8で書いた文章を例にとりましょう。
I was working part-time to supplement my income for a company involved in the productions of Spanish related events.
 こんな長い文章を書けなかったら言いたいことを英語で表現できないかと言えば、そんなことはありません。もっと簡単な構文だけを使って、同じことを英語で表現できます。言い換えてみましょう。
I worked for a company because I needed more money. It was a part-time job. The company produced Spanish events.
 簡単な文章ばかりですが、意味はちゃんと通じます。大切なのは意味が通じることです。

 初心者のうちは、単純な構造の英文しか作ることができません。それでかまわないのです。インプットを増やして、頭のなかの例文が増えてくるにしたがって、少しずつ複雑な文章を作れるようになっていきます。

 自分が使いこなせる表現だけを使ってコミュニケーションをとろうとすることを、わたしは「手持ちの駒を使う」と呼んでいます。母国語でもそうですが、自分の手の内にない駒を使うことはできません。もっと別の表現もしてみたいと思ったら、手持ちの駒をまず増やさないと、どうにもなりません。駒を増やす作業がインプットです。

 手持ちの駒の範囲内で表現すれば、通じる英語が使えます。手持ちの駒は日本語からの直訳ではなく、英語のネイティヴスピーカーが使っている表現ですから、通じやすいのは当然です。もちろん、すべてを完璧に憶えるのは無理ですから、小さなまちがいは混じるでしょう。でもそのまちがいは、日本語を英語に直訳した場合の意味不明な英文とはまったくちがいます。手持ちの駒を使っているかぎりは、摩訶不思議な英文を作りだす心配はありません。

 Antimoonの「まちがいを避けなさい」という原則は、あくまでも「自力で外国語をねつ造しようとするな」「ネイティヴスピーカーの言葉を真似ろ」という意味だと、わたしは解釈しています。

 完璧な英語しか話したり書いたりしてはならないと、もし言われたら、わたしもなにも喋れなくなりますし、書けなくなります。自分がすでにインプットした範囲内の英語を使うかぎりにおいては、多少のまちがいを犯しながらでもアウトプットの練習をしてもかまわないと、わたしは思っています。

 では、どういうまちがいが「外国語のねつ造」で、どういったまちがいは許容範囲なのか。その判断がつかない場合はlang-8のメンバーになって、インド・ヨーロッパ語族(英語、スペイン語、ロシア語など)を母国語とする人たちが書く日本語の日記を、200か300ほど真剣に添削してみるといいかもしれません。学習者が手持ちの駒を使っているか、それとも駒がないのに(インプットができていないのに)日本語をねつ造しているか、添削しているうちにわかるようになると思います。

 手持ちの駒を使って日記を書いている人の日本語は、まちがいがあったとしても、なにが言いたいのかはわかりますし、少し添削すれば自然な文章になります。一方で日本語を好き勝手にねつ造している人の文章は、まずなにが言いたいのかわからないことがよくあります。また、まともな日本語にしようと思ったら、まるごと書き換えてあげなければならない場合が大半です。けれど全部書き換えるのはとてもたいへんなので、添削者はあきらかな文法的な誤りを直すだけに留めることが多くなってしまいます。

 そんな文章を書かないためには、インプットを増やして、手持ちの駒を使って表現するしかないでしょう。駒を増やすには、どうしても大量に暗記することが必要になってきます。Antimoonは効率のいい暗記方法についても情報を提供してくれていますので、次回は忘却曲線を踏まえた暗記方法について書いてみたいと思います。

Antimoonのサイトのインプットに関するページ:
http://www.antimoon.com/how/input.htm
lang-8(相互添削サイト)は右サイドバーのリンクにあります。

左サイドMenu

プロフィール

May

Author:May
翻訳家。フリーランスになって24年。出版翻訳専門。京都府在住。

全記事表示リンク

メールフォーム

関心を持ってくださってありがとうございます。メールにはお名前をお書き添えください

名前:
メール:
件名:
本文:

アクセスカウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。