翻訳家による翻訳できない言葉の話

日本語と英語の狭間で呻吟し、言葉を超えたものに思いを馳せる翻訳家のエッセイ

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2年で日本語が堪能になったアメリカ人(3)

  
 いまから1年以上前に、Jさんが実際にSRS(暗記ソフトウェア)のカードにどんな文章を書いたか教えてもらいました。Jさんはその文章を、YouTubeで観た日本のテレビ番組からとりました。その番組では子どもにさまざまな質問をしており、そのなかの一つが、「芸能界って、どんなイメージ?」だったそうです。それに対する子どもの答えは、「魔界の入り口」でした。

 日本のテレビ番組では字幕スーパーがよく使われますが、このときも字幕が出たそうです。漢字によって意味を推測できたJさんは、子どもの発言に笑ったと言います。そして、この文章をフラッシュカードに追加することにしました。

 カードの表にはこう書きました。
「芸能界って、どんなイメージ?」「魔界の入り口」

 カードの裏はこうです。
「芸能界(げいのうかい)ってどんなイメージ?」「魔界(まかい)の入り口(いりぐち)」
界(かい)=限られた社会や範囲。多く接尾語的に用いる。「社交――」「文学――」(尾)範囲。社会。▼生物(文学)~
魔界(まかい)=悪魔のいる世界。悪魔の住む世界。魔境。

 以上のようにカードの裏側には、表に書かれた文章の理解を助けるような定義を、日本語の辞書で調べて書きました。

 Jさんによると、この大人と子どものやりとりから新たに学んだことは二つあったそうです。一つは、「界」という言葉は、すでに知っていた「芸能」という言葉の接尾語的に使うことができるという事実。二つ目は、それまで一度も聞いたことのなかった「魔界」という言葉です。

 こうやって作ったカードを、Jさんはつぎのように使いました。

1.表を読んで意味がわかったら、当面はそのカードが現れないようにする。
(カードが現れる頻度に関しては、SRSについて書いた8月10日の拙稿、『Antimoonの6原則(暗記法)』をご覧ください)
2.もし表の文章を理解できなかったら、裏を見る。裏に書かれたヒントを読むことによって表の文章を理解できたら、「中程度のむずかしさ」だったと評価する。
3.裏のヒントを読んでも表の文章を理解できなかったら、理解できない単語や表現はどれなのかを見極め、それを英辞郎(アルクのサイト)などで検索し、例文を探す。そういった例文を読むことによって、わからなかった単語や表現の意味が理解できる場合がある。
4.それでも表の文章が理解できない場合は、そもそもその文章は自分にはむずかしすぎたのだと判断して、カードを削除する。

 4を見て、びっくりしませんでしたか? 「どうしてもわからない場合は自分にはむずかしすぎたと判断して、カードを削除する」と知って、わたしは感心しました。これがほとんどの学習者にはできていないことかもしれません。

 Jさんはよく、n+1という言い方をします。語学教材を使って学べば、やさしい文章からむずかしい文章へと、徐々に進むことができます。けれどJさんは教材を使って日本語を学ぶというやり方を採らなかったので、まずは理解できるやさしい文章を探すところから始めなくてはなりませんでした。いま自分が立っている地点よりも一歩前へ進むための文章や表現のことを、Jさんはn+1と呼んでいます。

 いま立っている地点はnなのですから、n+2やn+3はむずかしすぎるのです。闇雲にむずかしいことに挑戦すればいいというものではありません。lang-8で日本語の日記を書いている日本語学習者のなかには、そのことがわかっていない人が大勢います。nの知識しかないのにn+5の文章を書こうとして、わけのわからない日本語をねつ造しているのです。

 自分がなにを知っていて、なにを知らないのか。なにがちょうどいいむずかしさで、なにがむずかしすぎるのか。それをわきまえることは重要なポイントだと思います。そのことをわかっていない人は、通じる英語を話すことができません。自分が知っている範囲の表現を使えばある程度は話せるのに、自分の立っている位置(n)を顧みずに日本語と同じ難度の文章を口にしようとするので、わけのわからない英文を作りだしてしまいます。

 どういう文章を目にしたときにn+1と判断したかについても、Jさんは教えてくれました。「芸能界ってどんなイメージ?」「魔界の入り口」という字幕スーパーを見たとき、漢字によってなんとなく意味が推測できて、Jさんは笑いました。「だいたいこんな意味だろう」と推測できたからです。

 つまり、意味がまったくわからない文章を、すべての単語を辞書を引きながらフラッシュカードに書き込んだとしても、それはn+1ではなく、むずかしすぎるので、結局は身につかないでしょう。辞書を引かなくてもなんとなく意味が推測できる文章が、Jさんにとってn+1なのです。

 教科書や教材の文章を学ぼうとするのとはちがって、Jさんは「芸能界ってどんなイメージ?」「魔界の入り口」というやりとりを見て笑いました。小学生がそんな答えを口にしたので、とてもおかしかったそうです。そして、笑ったというその経験を文章に結びつけることができたので、記憶に残りやすかったとのことです。

 教材を退屈に感じる人にとっては、教材を使って外国語を学ぼうとすることは遠回りになるかもしれません。わたしもAnkiをダウンロードして少し使ってみたのですが、単語集のようなものを片っ端から暗記する気にはなれませんでした。ネットや本、映画などで、それまで知らなかった表現に出くわしたとき、それをAnkiに書き込んで憶えようとしたら、たぶんすんなり憶えられると思います。でも語彙を増やさなければならないという強迫観念で単語集を作って憶えようとしても、なかなか記憶に残らないでしょう。

 また、「知りたい」という欲求があったときに知識が入ってきたら、人はその知識をスポンジのように吸収するのではないでしょうか? Jさんは想像力を働かせればなんとなく推測できるという、n+1の表現に飢えているので、日本語の文章を読んでいるときには、n+1の情報が「わたしを学んで!」と訴えかけてくるように感じるとまで言っています。Jさんが想像力を働かせれば推測できる程度の難易度の文章は、ほかの文章よりも自分のほうへ「飛びだしてくるように見える」と言うのです。

 ここまで知識に飢えていれば、記憶への定着率もいいにきまっています。「知りたくてたまらない」と思っているところに情報が来るのですから。喉が渇いている人に水を飲ませるようなものでしょう。これとは対照的に学校で語学を学ぶときは、そもそも「知りたい」という欲求がないところに教材を持ってくるのですから、満腹の人に食事をさせようとするようなものかもしれません。

 さて、こんなふうに日本語の文章を読み、日本のテレビ番組を観たり、日本語でゲームをしたりしていたJさんは、日本語学習を始めて半年後、日本語の能力が7年かけて学んだスペイン語の能力を超えたことに気づきました。日本のテレビ番組を、英語の字幕がなくてもだいたい理解できるようになったのです。7年間勉強したスペイン語では、それができるようになりませんでした。

 このころ、簡単な日本語のゲームなら楽しんでプレイできるようになりました。それまでは簡単なものですら、日本語がわからなくて途中で挫折することがあったそうです。

 勉強を始めてから9か月目から1年目ほどのあいだに、リスニングの能力が飛躍的に伸びて聴きとりが楽になったのをJさんは感じました。「ある日突然聴きとれるようになった」という学習者がときどきいますが、Jさんはそれほど急に聴きとれるようになったわけではなかったそうです。それでも、3か月ほどの期間にリスニング能力がぐんと伸びたのを感じたとのことです。それ以降はリスニングに関しては、亀の歩みのように進歩が遅いと感じています。

 ところで、Jさんはスピーキングの練習はまったくしませんでした。日本語を話したことがないのです。日本語を学びはじめてから2年間、インプット(読む・聴く)だけを続けました。そして2年経った時点でlang-8に入会し、初めて日本語で文章を書いてみました。

 その文章を読んだとき、わたしはほんとうに驚きました。lang-8で日本語の日記を書いている外国人のなかには、日本語を7年間学んだとか、大学で4年間学んで日本に1年留学したといった人たちもいます。Jさんの日本語は、そういった人たちよりもはるかに自然で、まちがいが少ないのです。明らかな誤りは、ほとんど見つけることができません。

 外国人が書いた文章だと信じるのがむずかしいくらいです。ときどきぎこちない文章が混じることもありますが、その場合でも「文章の下手な日本人」のように見えます。大学や日本語学校で日本語を学んだ人たちがよく書くような、英語から直訳したような意味の通らない文章をねつ造することがありません。

 Jさんは文法を習った経験がないので、日本人が文章を書くときと同じように感覚に頼って書いています。ほかの日本語学習者は、主語のあとには助詞が来て、そのあとに・・・と考えて文章を組み立てています。後者のほうが正しい文章が書けるはずだと思うのですが、どういうわけかJさんの文章のほうがまちがいが圧倒的に少ないのです。

 学習者によくある「て、に、を、は」のまちがいを、Jさんはめったにしません。学習者は文脈に合わない単語を辞書から引っ張ってきて使うことがよくあります。ほぼ全員が、そのようなまちがいを犯します。Jさんの場合はそれがありません。文脈のなかで日本語を学んできたので、文脈に合わない表現は「なんとなく、これはちがう」と感じるのでしょう。どのような文脈にどのような表現がふさわしいのかをつかんでいるので、場違いな表現をしません。

 そんなJさんですが、Jさん自身は日本語力に自信が持てていないようです。自分の文章が正しいのかまちがっているのか判断ができないし、複雑な文章は書けないと言っています。また、ご自身の勉強法に関して後悔している点もあるようです。次回はそのことについて書きたいと思います。


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プロフィール

May

Author:May
翻訳家。フリーランスになって24年。出版翻訳専門。京都府在住。

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