翻訳家による翻訳できない言葉の話

日本語と英語の狭間で呻吟し、言葉を超えたものに思いを馳せる翻訳家のエッセイ

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2年で日本語が堪能になったアメリカ人(番外編)

 
 日本語を学びはじめてから2年半、一度も日本語を話したことがなかったJさんが、日本語の文章を声に出して読み、それを録音してlang-8上で公開しました。

 日本で長年暮らしている英語のネイティヴ・スピーカーのような話し方でした。英語のネイティヴ・スピーカーに特有の抑揚や、不自然なリズムがほとんど感じられません。また、スピードが自然です。外国人がたどたどしく日本語を話しているような話し方ではありません。日本人と同じ速度で文章を読んでいます。

 録音する前にどれくらい練習したのだろうと不思議に思い、Jさんに尋ねてみて驚きました。録音したときに、生まれて初めて日本語を声に出したというのです。それまで一度も日本語の発音を練習しなかったというのです。

 途中で言葉に詰まったり、読みまちがえたりしたので、ちゃんと読めるようになるまでに結局10回程度録音したとのことですが、録音する前にはいっさい練習しなかったらしいのです。

 これはいったいどういうことなのでしょうか? わたしはlang-8でほかの日本語学習者が日本語の文章を読んで、それを録音したものを、何度か聴いたことがあります。ひとりは英語のネイティヴ・スピーカーで、もうひとりは母国語がロシア語の方でした。

 ふたりとも、外国人特有の強い抑揚がありました。とくにロシア人は聴きとれないくらい、わかりにくい日本語でした。英語のネイティヴ・スピーカーのほうは、かなり上級レベルの学習者ですが、それでも英語特有のリズムや抑揚が日本語にも表れていて、聴きとりにくい箇所がありました。ふたりとも、会話の練習を続けてきた学習者です。それに引き替えJさんは、一度も日本語を口に出して言ってみたことがなかった学習者です。ひたすら日本語を聴いたり読んだりしていただけです。

 Jさんが日本語の文章を読んでそれを録音すると決心したとき、ゆっくり話すこと、一語一語はっきり話すこと、英語のリズムや抑揚を日本語に持ち込まないように気をつけることを、わたしはアドバイスしました。

 ところが録音された日本語を聴いてみると、Jさんは普通の日本人と同じ速度で文章を読んでいます。わたしは喋るのがとても遅いので、Jさんのほうがわたしよりも文章を読む速度が速いくらいです。

 また、Jさんは一語一語はっきり話そうとしていません。普通の日本人も、一語一語はっきり話したりはしませんが、Jさんはなにしろ初めて日本語を口にするのですから、当然滑舌も発音も悪いだろうとわたしは推測し、聞き手に理解してもらうためにははっきり話したほうがいいとアドバイスしたのです。Jさんは、わたしのそのアドバイスに従いませんでした。

 Jさんは、日本語の文章を読むときに、いつも頭のなかで声を出して読んでいるそうです。実際に口から声を出したことは一度もなかったものの、頭のなかでは音読しているというのです。

 英語の文章を読むときは、話すときよりも速く読むので、頭のなかで音読したりはしないそうです。日本語を読むときは、英語を読むときよりもはるかにゆっくりしか読めないので、頭のなかで音読する癖がついたらしいのです。そのために、日本語の文章を初めて口に出して読んでみたときも、普段頭のなかで音読しているときと同じ速度で読んだとのことでした。

 以前にも書きましたが、わたしは英語の発音の練習を20年以上、まったくしてこなかったので、久しぶりに英語を話すと発音が悪くなったことを実感します。英文を読んでいるおかげか、英語の話し方は忘れませんが、きれいな発音で話すことはできません。

 発音が悪くなったのは、英語を話すときには日本語では使わない筋肉を使うせいだろうと、わたしは解釈しています。筋肉が退化したにちがいない、と。けれども、ひょっとしたらそれは思い違いなのかもしれません。発音が悪くなったのは、英語をあまり聴かなくなったせいなのでしょうか。ネイティヴ・スピーカーの発音を日常的に聴いていれば――あるいは、英語を頭のなかで音読していれば、実際に口に出して英語を喋らなくても、きれいな発音を保つことはできるのでしょうか。

 英文を読むときに音読する習慣は、わたしにはありません。頭のなかでも音読はしません。わたしは英文を読むのが話す速度よりも速いので、音読しようとしたらたぶんいらいらするでしょう。

 けれど英文を読むのがまだそれほど速くない方は、頭のなかででもかまわないから音読してみるのも、ひょっとしたら効果があるかもしれません。電車のなかなど、人目がある場所でも、頭のなかでなら音読できるわけですから。

 どういう方法で語学を学ぶのが効率的なのか、わからないことがまだまだたくさんあるようです。無理もないかもしれません。人の脳の仕組みや、人が言語を獲得する仕組みを、わたしたちはきっとほんの少ししか理解していないのでしょう。

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プロフィール

May

Author:May
翻訳家。フリーランスになって24年。出版翻訳専門。京都府在住。

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