翻訳家による翻訳できない言葉の話

日本語と英語の狭間で呻吟し、言葉を超えたものに思いを馳せる翻訳家のエッセイ

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クレジットの意味

 あるとき叔母から唐突に、「クレジットって、英語でどういう意味?」と尋ねられ、面食らいました。
 こういう質問をされることは、たびたびあるのです。あなたは翻訳の仕事をしてるんだから英語を知ってるはず、と思って尋ねるのでしょうね。気持ちはわかりますが、いつも答えに窮します。

 というのも、1つの英単語に1つの日本語が対応しているわけではないからです。物の名前の場合は英単語と日本語の単語をイコールで結んでも差しつかえない場合がありますが(たとえばTelevisionという英単語と「テレビ」という日本語)、それ以外はたいていの場合、英単語と日本語は一対にはなりません。

 たとえば、英語のgoodは日本語ではなんて言いますか? ばかばかしい。「いい」にきまってるじゃないか、と思いますか?
 でも、英語のgoodという言葉の意味と、日本語の「いい」という言葉の意味はイコールではありません。たとえばIt’s goodは「おいしい」という意味で使われますし、I’m goodと言った場合は、「元気です」という意味にも、「わたしは大丈夫」とか「わたしは結構です」という、食べ物などを勧められたときの断りの意味にもなります。

「クレジットって、英語でどういう意味?」と叔母に訊かれたとき、わたしは一瞬言葉に詰まってから、「どういう意味って訊かれても、文脈によるからなあ……」と言って時間を稼ぎ、creditという単語をどういう状況で使うか考えました。「そやなあ、映画とか観てたら最後にスタッフの名前がずらずらっと出てくるの、日本語でもクレジットって言うでしょ? あとは、give credit to someoneという形で(と英語で言っても叔母にはわからないのですが、ほかに説明のしようがなかったので)、これはあの人の功績だというふうに、人の功績を認めるときにも使うし、信用っていう意味でも使うんよね。お金に関する信用ね。与信調査とか、あるでしょ。ああいうときの信用。それから……」

 わたしは叔母の不満顔に気づきました。叔母はcreditという英単語の意味を、ずばり一言で日本語に翻訳してもらいたかったようでした。これこそ外国語を習得した経験のある人とない人の違いです。

 英語を流暢に話せる日本人はcreditという英単語の意味を辞書に書いてあるように、「信用、名声、賞賛、信用貸し、貸方、映画などのクレジット」と覚え込み、その知識を必要に応じてとりだしながら、文法の知識を駆使して組み立てて英文を作っているわけではありません。そうではなくて、さまざまなシチュエーションにふさわしい英語表現がたくさん頭にインプットされていて、ある状況が起きたときに、その状況にふさわしい表現が、ひょいと脳裏から浮かび上がってくるのです。

 このことは簡単な日常会話の場合はとくに当てはまりますし、上級者になってからでも頭のなかには状況や文脈にふさわしい表現が、イディオムやひとまとまりの文章の形で記憶のどこかに沈んでいて、必要なときにそれが脳裏から浮かび上がってきて会話をしたり文章を書いたりしています。また、そうでなければ自然な英文は作れないですし、不自然であれば通じにくいのです。

 たとえば運転免許の試験に一発で合格して、友人から褒められたとしましょう。そのときに、自分が一発で合格できたのはいい教官に恵まれたからだと感じていたとしたら、”I have to give credit to my instructor” (教官のおかげ)というような表現が口をついてでてくるのです。

 一つの文章が全部一度に出てこない場合でも、この思いを表現するためには、たしかgive credit to someoneという表現があったな、と思いだします。そしてI have to give credit toと言います。それからmy instructorと続けるわけですが、myをつけ忘れることがあっても問題ありません。意味は通じますから。

 こんなふうですから、「creditってどういう意味?」と訊かれても、creditという言葉を使うのはどんな場合だろうかと考えてからでないと、意味を答えることができないのです。

 これは日本語の場合とまったく同じです。「信用ってどういう意味ですか?」と外国人から訊かれたら、どう説明しますか? 信用という言葉が使われる状況を説明するのではないですか? 「信用という言葉は、たとえば、あの人は嘘をつかなくて信用できる人だ、というふうに使いますよ。お金の信用という使い方もありますよ。クレジットカードやローンの支払いをちゃんとしているから、信用に疵がついてないという言い方もしますよ」と説明しませんか?

 creditという英単語の意味を、辞書に書いてあるとおりに「信用、名声、賞賛、信用貸し、貸方、映画などのクレジット」と暗記しても、実際の場面でどのように使われるのかがわかっていなかったら、通じる英語になりません。creditには信用という意味があるからと考えて、「あなたを信用しています」と言うつもりでI credit youと言っても通じません。逆に、信用はtrustで、調査はresearchというようにばらばらに憶えていて、日本語と英語は1対1で対応すると信じていたら、credit inquiry(信用調査)というような表現は絶対に出てこないでしょう。

 日本人は発音が悪くてなかなか英語が通じないとよく言われますが、わたしは発音よりもむしろ、文脈にふさわしい英語を使わないから意味が通じない場合が多いのではないかと思っています。

 状況に応じた英語を話せるようになるためには、単語ではなくて表現をまるごと、たくさん頭にインプットしなければなりません。そんなことはたいへんすぎて、とてもできないと思いますか? でもわたしはこのほうが近道だと思います。

 単語の意味を羅列して憶えようとするよりも、文脈に応じた文例を憶えるほうが印象に残りやすいものです。ものを憶えるときに一番効率がいいのは、できるだけ強く印象に残るような方法を選ぶことではないでしょうか。
 たとえば、これを憶えてみてください。「のはわかを4めくとそ7よんらべきごらうたね」簡単に憶えられました?
 では、これはどうでしょう。「きのうわたしは4杯ごはんをたべてから7じかんねた」

 二番目の文章のほうが長いですが、楽に憶えられましたでしょう? 意味があるほうが憶えやすいんです。この説得の仕方は、ちょっとこじつけっぽかったでしょうか? でも歴史の年号も、「いいくにつくろうかまくらばくふ」と憶えましたよね? 数字だけなら4つなのに、文章にすると15文字にもなります。それなのにわざわざ文章にして憶えようとするのは、意味がある言葉のほうが意味のない数字よりも記憶に残りやすいからでしょう。

 英語もこれと同じで、単語をばらばらに憶えようとするよりも、シチュエーションごと、そっくりそのまま文例を憶えてしまうほうが憶えやすいとわたしは感じます。シチュエーションは印象に残りやすいので、シチュエーションと英語表現をセットにして憶え込んでしまうのです。そうやって憶えた英語表現は、かならず通じます。
シチュエーションに合った英語を憶える具体的な方法についても、これから少しずつ書いていきたいと思っています。


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プロフィール

May

Author:May
翻訳家。フリーランスになって24年。出版翻訳専門。京都府在住。

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