翻訳家による翻訳できない言葉の話

日本語と英語の狭間で呻吟し、言葉を超えたものに思いを馳せる翻訳家のエッセイ

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『フル・モンティ』


 ずいぶん前になりますが、『世界うるるん滞在記』というテレビ番組を観ていたら、俳優の勝村政信さんがイギリス映画『フル・モンティ』の舞台でストリップ修行をさせられていました。

『フル・モンティ』という映画はイギリス中部の街シェフィールドで、失業した男たちが生活費を稼ぐためにストリッパーになるお話です。

 勝村さんは『うるるん』の番組スタッフによってシェフィールドに連れていかれ、ストリッパーとして舞台に立つことを要求されたのです。舞台で踊るためには当然、練習しなければなりません。現地に着くまで番組の内容を知らされていなかったらしい勝村さんは、ストリッパーになることに抵抗しながらも、イギリス人とともに毎日稽古に励みます。

 シェフィールドはイギリスのなかでもスコットランドに近い位置にあり、ストリッパーとして働いている男たちの英語にはかなり強い訛りがありました。そんな癖のある英語を、通訳の日本人女性は瞬時に理解し、的確に日本語へと変換していきます。「こんな訛ってる英語、よく理解できるなあ」と、わたしは感心しながら眺めていました。

 おもしろいことに、ストリッパーに振りつけを指導する振付師は、美しいクイーンズ・イングリッシュを話していました。振付師の英語だけは、わたしでも完璧に聞きとれたのです。

 イギリスは地域によって独特の訛りがあるだけでなく、育った家庭の経済的豊かさや受けた教育によっても話す英語が変わってきます。日本なら東京近郊で暮らしている人たちはほとんど全員がいわゆる標準語を話しますが、イギリスではロンドンで生まれ育っても、とても強い下町訛りで話す人もいます。一般的に言って、高い教育を受けなかった人たちの話し方はBBC英語とはかなり異なっており、日本人にとっては聞きとりにくいものです。

 シェフィールドでストリッパーの振りつけをしている、わかりやすいBBC英語を話す男性は、いったいどういう経緯でこういう仕事をするようになったのだろうと、わたしはテレビを観ながら妄想をたくましくせずにいられませんでした。

 この人きっと、裕福な家庭で育ったんやわ。ひょっとしたら、貴族の子息かも。パブリックスクールからオックスフォードに進学した秀才やったんちゃうやろか。そやけど学生時代に演劇にのめり込んで、大学は中退。演出家になりたくてロンドンのウェスト・エンド(劇場街)に出ていったまではよかったけど、演劇で食べていけるなんて、運と才能に恵まれたひと握りの人たちだけ。気がついたら家族と絶縁して、生活費を稼ぐためにロンドンのストリップクラブで演出と振りつけをするようになってたんやわ。そんなある日、シェフィールドの劇場から声がかかった。男のストリッパーに振りつけしてみないかって・・・。

 わたしが振付師の人生を巡る空想に耽っているあいだ、人前で全裸で踊るという思いもかけなかった仕事を強要された勝村さんは、とまどい、怒り、抵抗しながらも、本番に備えて稽古を繰り返していました。

 勝村さんはほんとうにいやがっているように見えたので、本番当日になったら逃げだすんじゃないかと思いましたが、さすがは舞台で鍛えた俳優さんです。いざ本番となったら、いやいや練習していたのが嘘のようにプロのストリッパーになりきって、全裸で立派に舞台をつとめました。ほれぼれするくらいの潔さでした。

 英語に話を戻しましょう。「ネイティヴのようなきれいな発音で話したい」と発音にこだわるのもいいでしょう。それも英語の楽しみ方の一つだと思います。ただ、ネイティヴも様々です。

 25年ほど前、当時大ヒットしていた映画、『クロコダイル・ダンディ』を、イギリス人の友人と一緒に観に行きました。『クロコダイル・ダンディ』は、オーストラリア人男性とアメリカ人女性が恋に落ちるお話です。

 映画を観終わって映画館から出ようとしたとき、イギリス人の友人が言いました。「オーストラリア訛りがきつくて、ところどころ、なに言ってるのかわからなかったわ」

 これには少し驚かされました。友人はひょっとしたら外国人のわたしを慰めるつもりで、「イギリス人のわたしでもわからなかったわ」と言ってくれたのかもしれません。けれどわたしにとっては、『クロコダイル・ダンディ』のオーストラリア人俳優の英語のほうが、ロンドンの下町訛りよりもはるかに聞きとりやすかったのです。

 このようにネイティヴ・スピーカーのあいだでもさまざまな癖のある英語が話されていますが、いまや英語はネイティヴ・スピーカーだけのものではありません。英語を使って仕事をする場合でも、相手は中国人であったり、ドイツ人であったり、メキシコ人であったりすることのほうが多いかもしれませんし、その傾向はこれからますます強くなっていくでしょう。

 あるテーマについて深い知識を得たいと思ったとき、その道の世界最高峰の専門家が英語のネイティヴ・スピーカーである確率は、それほど高くはないはずです。傾聴するに値するだけの情報を持っている専門家が韓国人だったり、ブラジル人だったり、フランス人だったりするわけで、そういう人が英語で行う講演会やセミナーに英語のネイティヴ・スピーカーが参加して、癖のある英語で提供される情報に、熱心に聞き入っていたりします。

 そういうネイティヴ・スピーカーを見るたびに、日本人はまだまだかもしれないなと思います。以前わたしが住んでいたマンションに、アメリカ人男性が暮らしていたのですが、その人は管理人さんによると、「長年日本で暮らして日本人と結婚しているのに、日本語ができない」とのことでした。けれどある日、そのアメリカ人とエレベーターに乗り合わせたとき、その人は日本語でわたしに話しかけてきたのです。なるほど、癖のある日本語ではありましたが、意思疎通になんの支障もありませんでした。

 管理人さんは、日本人のように日本語を使いこなせなければ日本語ができるとは言えないと考えているようでした。ところがおもしろいことに、その管理人さん自身、日本語を使いこなせているようには見えなかったのです。エレベーターの点検やゴミの出し方などに関する張り紙には実在しない摩訶不思議な漢字が躍っていて、わたしはいつも楽しませてもらっていました。

 日本で看護師や介護福祉士として働くことを希望している外国の方がたくさんいるのに、日本語がむずかしくて試験に合格できないという話をたびたび耳にします。日本人と同じように日本語ができなかったら、看護や介護の仕事はできないのでしょうか? 大事なのは言葉ができることでしょうか、それとも仕事ができることでしょうか?

『フル・モンティ』からずいぶん話が逸れてしまいましたが、「ネイティヴみたいにできなければならない」というこだわりから、いろんな意味で自由になってみるのもいいかもしれません。


  

左サイドMenu

プロフィール

May

Author:May
翻訳家。フリーランスになって24年。出版翻訳専門。京都府在住。

全記事表示リンク

メールフォーム

関心を持ってくださってありがとうございます。メールにはお名前をお書き添えください

名前:
メール:
件名:
本文:

アクセスカウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。