翻訳家による翻訳できない言葉の話

日本語と英語の狭間で呻吟し、言葉を超えたものに思いを馳せる翻訳家のエッセイ

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馬の口のなかと後悔

 日本語を学んでいる外国人が、日本人でもめったに使わなかったり知らなかったりするむずかしい諺や四字熟語を熱心に勉強しているのを見ると、「そんなことより、もっと基本的な言い回しをちゃんと使いこなせるようになったほうがいいんじゃない?」と、助言したくなることがあります。

 でも諺や四字熟語は、日本語を学ぶ外国人にとっておもしろいのでしょう。その方たちの母国語と同じ表現を見いだすこともあれば、日本人ならでの発想を知ることもできるわけですから。たどたどしい日本語しか使えない学習者が四字熟語を知りたがるのも無理はないと思います。

 英語を学ぶ日本人にとっても同じことでしょうね。9月21日の記事でご紹介したGlobishやCore Englishは、最低限の英単語と英文法で英語を使おうという発想ですから、諺の入り込む余地はありません。
http://gujo.blog.fc2.com/blog-entry-27.html

 実際、諺など知らなくても旅行に行って買い物をしたりホテルに泊まったりできますし、ビジネスレターに諺をちりばめたりもしないでしょう。友人や同僚との会話のなかで諺が出てくることはありますし、映画や小説でも耳にしたり読んだりすることがあるでしょうが、理解できなくても支障はありません。英語を使って最低限の意思疎通さえできればいいと割り切っている人は、諺や名言を学ぶ必要はないと思います。

 わたしは外国の文化やものの考え方に興味があるので、英語の諺をおもしろいと感じます。初めて聞いたときにとても印象が強かった諺に、Don’t look a gift horse in the mouthというのがあります。イギリスの英語学校にいたとき、メキシコ人の学生が、メキシコにも同じ諺があると言って意味を説明してくれました。

 馬は歯で年齢がわかるらしいのです。ですからプレゼントとしていただいた馬の口のなかを見るのは、プレゼントのあら探しをする行為になるのですね。この諺は、人からいただいたものにケチをつけるなという戒めです。

 同様の諺はスペイン語だけでなく、とても多くの言語に存在するようです。ロシア語の通訳者として活躍なさった米原真理さんがお書きになった『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』というノンフィクションの冒頭が、この諺です。以下、引用します。

<ただでもらった馬の歯を見るものではない――「贈り物にケチをつけるな」という意味のヨーロッパ各地に伝わる諺である。
 もっとも私は、諺の戒めの意味するところよりも、馬を品定めするときの決め手が歯であるという生活の智恵のほうに感心してしまう>

 同感です。ヨーロッパ各地でこの諺が共有されているのは、ヨーロッパではそれほどまでに馬が人々の生活に密着していたということなのでしょう。日本人にはぴんと来ない諺です。

 でも英語の諺のなかには表現こそ違っても、同様の意味の諺が日本語にも存在するものがたくさんあります。なかでも、Don’t cry over spilt milk (It’s no use crying over spilt milk) は「覆水盆に返らず」を意味する諺として、みなさんもご存じなのではないでしょうか。

 この諺は、似たような意味の表現がいくつも存在するところもおもしろいと思います。「後の祭り」や「後悔先に立たず」も、同じような意味だと思いませんか? 同様の表現がどうしてこんなにたくさんあるんだろうと、不思議に思ったことはありませんか? それほどまでに人間というのは、すんだことをくよくよ思い悩む生き物だということでしょうか。

 英語にも、It’s no use crying over spilt milkと同じような意味の表現がいくつもあります。英文の下に直訳を書きます。

It’s too late to lock the stable door after the steed is stolen.
馬が盗まれたあとで厩舎に鍵を掛けても手遅れだ。
Hind sight is twenty-twenty.
後になって振り返るとき、視力は左右とも2.0だ。
The doctor after death.
死んだあとの医者。

 過去を振り返って後悔しても意味がないことを、英語を母国語とする人たちも日本人に負けないくらい、しょっちゅう自分たちに言い聞かせているようです。

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プロフィール

May

Author:May
翻訳家。フリーランスになって24年。出版翻訳専門。京都府在住。

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