翻訳家による翻訳できない言葉の話

日本語と英語の狭間で呻吟し、言葉を超えたものに思いを馳せる翻訳家のエッセイ

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ネイティヴ並みの英語力



ある出版社が日本語のマンガを英訳する翻訳者を募集していました。条件は「10年以上アメリカ在住経験のある日本人」。

日本人が10年以上アメリカで暮らしたら、ネイティヴ・スピーカーのプロの漫画家と同じくらい生き生きとした英語のセリフが書けるはずだと、この出版社は考えているのでしょうか? 日本語の小説を英訳するのがなぜいつも英語のネイティヴ・スピーカーなのか、考えてみたことがないのでしょうか? 「マンガだからセリフは簡単にちがいない」とでも思っているのでしょうか? 

翻訳者募集広告でよく見かけるのが「ネイティヴ並みの英語力を有する方(TOEIC900点以上)」というような条件です。TOEIC900点でネイティヴ並み?

猪瀬東京都知事の英語でのツイッターが話題になったとき、こんな記事を目にしました。
http://getnews.jp/archives/284104

14歳のとき、両親に連れられてアメリカに移住した日本人が、親のつたない英語を恥じていたかつての自分を振り返って書いたブログの引用記事です。「父親はからっきし英語ができなかったし、アメリカの大学を出た母親の英語も、自分の英語が上達するにつれ、ほころびが目立つようになった。」

この方のお母様はアメリカの大学を卒業し、何年もアメリカで暮らしたのですが、この方はご自分の英語が上達するにつれて、お母様の英語がネイティヴの英語と違うことに気づいたわけです。お母様は何十年アメリカで暮らしても、ネイティヴ並みの英語力は永久に身につかないでしょう。これはこの方のお母様の能力が低いからではなく、言葉とはそういうものだからです。

国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会で上田秀明人権人道担当大使が、「Don’t laugh! Shut up!」と怒鳴ったことが話題になりました。YouTubeにも動画が出ていますが、ご覧になりましたか? YouTubeでも『ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン』の記事へのコメントでも、大使の発言が笑われたのは大使が「the Middle Ages」(中世)と言うべきところを「middle age」(中年)と言ったからだと指摘した人たちがいました。また、「この程度の英語力でよく大使がつとまるな」と大使の英語力を嘲笑する人もいました。

この動画を複数の英語のネイティヴ・スピーカーに観てもらいましたが、みな口を揃えて「なぜ笑ったのかわからない」と言っていました。「the Middle Ages を middle ageと言い間違えたから笑ったと指摘している人たちがいるけど?」とわたしが訊いても、「そうなの? 気がつかなかったけど。それに、ここは国連でしょ? 英語のネイティヴ・スピーカーではない人たちがたくさんいるところだよね? そんなところでこの程度の間違いでいちいち笑ってるの? だとしたら、笑ってる人たちの見識を疑う」という反応でした。(アメリカ人3人、イギリス人2人)

上田大使はハーバード大学の大学院を卒業しておられます。「ハーバード大学を卒業しているのに、この程度の英語力か」と嘲笑する人たちは、冠詞や単数/複数は英会話の初歩で、文法を理解していれば間違えないはずだと考えているのでしょうか? ハーバード大学を卒業しようが、何年アメリカで暮らそうが、日本語環境で育った人間が外国語として英語を身につけた場合、語学の大天才でもないかぎり、冠詞や単数/複数は永遠に間違いつづけます。「Shut up!」と怒鳴ったことは批判されてもしかたないと思いますが、上田大使の英語力を揶揄することには納得できません。

日本人と冠詞と言えば、マーク・ピーターセン氏の『日本人の英語』はお読みになりましたか? 1988年に発行されて以来、版を重ねている英語学習書の大ベストセラーです。アマゾンの100件を超えるレビューを見ると、この本を読んだ人の多くが「aは名詞につくアクセサリーではない」という著者の指摘に衝撃を受けたようです。

たしかにマーク・ピーターセン氏の冠詞の説明は一読に値すると思います。それでも、ピーターセン氏の冠詞の説明を読んで「目から鱗が落ちた」日本人がその後は冠詞を100パーセント正しく使えるようにはなるかと言えば、そうはなりません。けっして、なりません。

ちなみに、英語のネイティヴ・スピーカーであるマーク・ピーターセン氏は、この本を日本語で書いています。日本人の添削が入っているとは思いますが、ここまで日本語が書けるのですから、ピーターセン氏は語学の達人と言っていいでしょう。であれば、ピーターセン氏は英語のマンガを日本語に翻訳できるでしょうか? ピーターセン氏の日本語はネイティヴ並みでしょうか?

『日本人の英語』の9ページ目に、ピーターセン氏はこうお書きになっています。「私は、和英大辞典を壁に放り投げ、研究室の窓を開けて『日本語が嫌い』と叫んだことがある。恐ろしいことに、それは、日本語で叫んだのである。かなり夢中になっていて、かなり頭がおかしくなっていたので、日本語に関しての不満を日本語で言ってしまった。これは、自分からいうのはおかしいが、そういうような精神状態を読者にも薦めたいと思う。 “read, read, read”の上にさらに “write, write, write”のあまり、フラストレーションが高まってきて、頭がおかしくなり、 “I hate English!”とつい英語で叫んでしまうくらい、英語の『頭脳環境』に入ってみてほしいと思う」

お気づきでしょうか? 日本語のネイティヴ・スピーカーならぜったいに「英語が嫌い」とは叫びません。「英語なんか(大)嫌い(だ)」と叫ぶはずです。ピーターセン氏ほどの語学の達人で、日本語環境にどっぷり漬かって日本語を学び、これほど複雑な文章を日本語で書ける日本語力があっても、ごく簡単な文章が、このように不自然な日本語になってしまうことがあります。これがネイティヴ・スピーカーとそうでない人との違いです。

発音も、何十年も英語圏で暮らしても、圧倒的大多数の日本人がいつまでも日本語訛りを引きずりつづけます。ネイティヴ・スピーカーと間違われるくらい自然な発音ができるようになるのは、とびきり耳のいい、ごくひと握りの恵まれた人たちだけです。

どんなに努力してもネイティヴ・スピーカーと同じように英語を操ることは、外国語として英語を学ぶ日本人にとっては一生涯不可能だという事実を知っておくことは、現実的な学習目標を立てる上でも、ネイティヴ・スピーカーの英語と自分の英語をいちいち較べて恥じ入るという無益な英語コンプレックスからの解放という点でも役に立つのではないかと思います。日本人が目指すべきはネイティヴ並みの英語力ではなく、通じる英語を身につけることでしょう。

お嬢さんをインターナショナル・スクールに通わせた山田順氏が、『東洋経済Online』で「英語が話せないと『真の日本人』になれない」という記事を書いておられます。山田氏は、お嬢様がインターナショナル・スクール(幼稚園)に入園する前に少しは英語を教えておかねばならないと思い、アメリカ暮らしをしている友人に必要な表現を尋ねたそうです。するとその友人は、「おしっこしたい」という表現を教えておくといいとアドバイスしました。

山田氏は「『おしっこがしたい』『トイレに行きたい』は、文にすると、『I wanna make a pee-pee.』だ。娘が生まれて初めて覚えた英語はこれである。それを思うと、日本の英語の教科書がいまだに『I am a boy.』や『This is a pen.』で始まっていることが、何か根本的に間違っているのではと思う。」とお書きになっています。

このようにして英語環境にどっぷり漬かって育てば、ネイティヴ並みの英語力が身につくでしょう。日本語環境で育って中学から英語を勉強し、留学してアメリカの大学を卒業した人は、“I wanna make a pee-pee”という表現を知らないかもしれません。わたしは“pee”という単語よりも先に“urine”という単語を学びました。また、わたしはこれまで一度も“I wanna make a pee-pee”と言ったことがありません。成人した日本人にとって必要なのは“I wanna make a pee-pee”ではなく、“Could you tell me where the restroom is?/May I use the bathroom?”といった表現だからです。

文部科学省が小学生に中途半端な英語教育を施しはじめたのは、日本人が長年英語を学んでも英語ができるようにならないのは教え方(学び方)に問題があるからではなく、教えはじめる時期が遅すぎるからだと考えているせいでしょうか? 幼いころに子ども向けの英語教室に通ったにもかかわらず、結局英語ができるようにならなかった日本人がたくさんいるはずなのに、小学生のころに少々教えておけばもっと英語が話せるようになるはずだとか、発音がよくなるはずだとでも思っているのでしょうか?

ご存知の方も多いと思いますが、以前NHKで『英語でしゃべらナイト』という番組が放映されていました。2005年、この番組でわたしの大好きな芸人さん、劇団ひとりさんがアメリカ人俳優に英語でインタビューしたことがありました。劇団ひとりさんは小学校2年生から5年生までアラスカで暮らした、いわゆる帰国子女です。

わたしはそのことを知っていたので、インタビューを観てびっくりしました。劇団ひとりさんは英語がほとんど喋れないのです。もっと驚いたのは、発音が日本語訛りだったことでした。子どものころに3年以上アメリカで暮らし、毎日英語を話していたのだから、発音は忘れないはずだとわたしは思っていたのですが、その思い込みが間違いだったことに気づかされました。


劇団ひとりさんがあまりにも英語を話せないので、まともなインタビューになっていませんでした。よくぞこんなインタビューを放映したものだと、わたしはNHKの判断にも驚きました。ここからはわたしの想像ですが、たぶん劇団ひとりさんは、自分が英語を話せないとは思っていなかったのでしょう。子どものころに毎日普通に話していたから、「インタビューなら楽勝だ」と考えて、下準備をせずに収録に臨んだのだと思います。劇団ひとりさんが帰国子女だということを知っていたNHKのスタッフも、まさかそんなに喋れないとは想像していなかったのでしょう。インタビューは惨憺たる出来でしたが、出演したアメリカ人俳優との契約もあり、NHKとしては放映するしかなかったのではないでしょうか?

このときの映像を、NHKはぜひ公開してほしいものです。小学校で中途半端な英語教育を施すことがいかに無駄かということが、この映像を観ればはっきりわかると思うからです。小学校2、3年生のころの劇団ひとりさんは、たぶん“I wanna make a pee-pee”という表現を言えたでしょう。小学校5年生のころには自分の考えをすらすら英語で表現でき、発音もネイティヴ並みだったかもしれません。5年生のときに日本に帰国しましたが、中学からは英語の授業が始まったわけですから、劇団ひとりさんが子どものころに英語から完全に離れたのはわずか1年から2年弱です。それなのに28歳になったとき、劇団ひとりさんは英語で簡単な質問すらできませんでした。

必要や興味がなく、使わずにいれば、言葉は忘れるものだということでしょう。劇団ひとりさんは芸人として大成功しているのですから、英語を使う必要はありません。結局のところ、日本人の大半は英語を必要としていないのです。わたしが学生のころに学んだ微分積分を、いまではその概念すらきれいさっぱり忘れてしまったのと似たようなものです。大人になって微分積分を忘れて自己嫌悪に陥る日本人を見かけたことがないのに、使う必要のない英語ができないことをコンプレックスに思う日本人が多いのはどうしたわけでしょう?

もちろん、英語を必要としている日本人もいます。ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授の英語での記念講演はご覧になりましたか?
http://www.nobelprize.org/mediaplayer/?id=1866

山中教授は「自分は英語が下手なので」とおっしゃっていますが、日本人全員がインターナショナル・スクールに通うことが不可能である以上、日本人にとって現実的な目標はネイティヴ・スピーカーのように流暢に喋ることでも、スラングを使いこなすことでも、 “I wanna make a pee-pee”というような幼稚な表現を知ることでもなく、山中教授のように確実に相手に通じる英語が使えるようになることではないでしょうか。

山中教授はどのように英語を学んだのでしょう? アメリカで研究生活を送る前に、どのように英語を勉強して、実際にアメリカで暮らしはじめてからは、どんなふうに英語を使っていったのでしょうか? 帰国子女の英語ではなく、山中教授のような日本人の英語学習法こそ、多くの日本人にとって参考になるはずです。

山中教授は講演の原稿をネイティヴ・スピーカーにチェックしてもらったかもしれません。臨機応変にネイティヴ・スピーカーに助けを求め、大切な講演の原稿や論文をネイティヴ・スピーカーに添削してもらうのは賢明なやり方だと思います。

添削と言えば、猪瀬都知事の話題に戻りますが、都知事はなぜご自分で書いた通じにくい英語でツイートしなければならないのでしょう? どうしてツイートをネイティヴ・スピーカーに添削してもらって、ストレートに意味の通じる英文を発信しようとしないのでしょうか?

猪瀬都知事の英語が「恥ずかしい」とは、わたしは思いません。恥ずかしくはありませんが、都知事という要職に就いている政治家が意味の通じにくく、誤解を招きやすい英語でツイートして、それを駐日大使や外国の政治家、オリンピック関係者に読ませることが、東京都や日本の利益になるとは思えません。

知事ご自身が想像しているのとは、まるで違った意味にとられる英文を書いてしまったときに、「いや、そういう意味で書いたわけではない。ぼくは英語が苦手なので、そういうつもりではなかった」と言い訳しても、いったん発信してしまったら「英語が苦手だから」ではすまないこともあるだろうと思うのですが。

「英語くらいできなくては」「これくらいは英語で」とお考えになっているのでしょうか? ご自分の専門分野でもない英語に、どうしてそんなにこだわるのでしょう? なぜ堂々と通訳者や翻訳者を使わないのでしょう? 

海外でも人気のある日本のアーティストが、たとえ英語があまり得意でなくても自分が書いた英語でツイートすれば、海外のファンは喜ぶでしょう。そういった発信の仕方は意味があると思います。けれど、猪瀬知事のツイートはそれとは性格が異なります。英語のスピーチの練習をしたり、誤解を招きやすい英語でツイートしたりする時間とエネルギーを、ほかの仕事に振り向けたらどうかと思うのは、わたしだけでしょうか。

(ものすごく長く、とりとめのない記事になってしまいました。最後まで読んでくださってありがとうございます)



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May

Author:May
翻訳家。フリーランスになって24年。出版翻訳専門。京都府在住。

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