翻訳家による翻訳できない言葉の話

日本語と英語の狭間で呻吟し、言葉を超えたものに思いを馳せる翻訳家のエッセイ

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筑紫哲也さん

 ネイティヴのような発音で英語を流暢に操れるようになることを目標にしている英語学習者は、けっこうおられるようです。英語教材や英会話学校の広告にも、そんな日本人のあこがれとコンプレックスを煽るキャッチコピーが躍っています。
 
 「ネイティヴみたい」とか「バイリンガル」という表現を耳にするたびに思いだすのが、日本人とアメリカ人を両親に持つ、バイリンガルのあるタレントさんと、お亡くなりになったニュースキャスター、筑紫哲也さんのこと。

 20年以上前のある日、ラジオを聴いていたら、バイリンガルのタレントさんがメディア王のルパート・マードックに、電話でインタビューをしていました。友達に話しかけるようなくだけた口調で、ざっくばらんにマードック氏に質問をぶつけたのですが、マードック氏はじつに不機嫌。ほとんど質問に答えてもらえなかったばかりか、途中で一方的に電話を切られてしまいました。

 マードック氏は普段から気むずかしい人なのかもしれませんし、この日たまたま虫の居所が悪かっただけなのかもしれません。でもわたしには、タレントさんの話し方や質問内容が、マードック氏を怒らせたように聞こえました。

 筑紫さんに関するエピソードは、10年ほど前、イギリス人俳優のアンソニー・ホプキンスが来日したときのことです。ホプキンスは『ニュース23』に出演する前に、ほかのニュース番組でもインタビューを受けていました。

 わたしは別の番組のインタビューを、すでに観ていました。その番組のなかのホプキンスは不機嫌で、キャスターの質問に、ほとんどまともに答えようとしませんでした。キャスターは日本語を話し、あいだに通訳者が入っており、通訳は的確だったと思います。

 ジャーナリストは、相手を怒らせるような挑発的な質問をわざとぶつけることによって、相手の重い口を開かせようとすることがあります。この番組のニュースキャスターも、その手段に訴えました。それがホプキンスをなおさら不機嫌にしたようで、視聴者にとっても後味の悪いインタビューになってしまいました。

 その番組を観たあとで、筑紫さんのインタビューを観たのですが、『ニュース23』に出演したホプキンスは別人のように上機嫌で、紳士でした。

 ご記憶の方も多いと思いますが、筑紫さんは『ニュース23』のなかで、たびたび外国人ゲストに英語でインタビューをなさっていました。「ペラペラ」にはほど遠い、訥々とした話し方で、文法的なまちがいもしょっちゅう。

 たとえば、「So, did you went to……?」というように、ごくごく基本的な文法も、よくまちがえておられました。ご本人も話しながら、「あ、いま、まちがえたな」と、自覚しておられたと思います。わたしもそういうことがあるので、そんなふうに想像しています。

 英語を書くときに、筑紫さんが上記のようなまちがいをなさることは、まずなかったと思います。書くときには考える時間や訂正する時間がありますから。それに筑紫さんは洗練された言い回しを織り交ぜながらお話になりましたので、「ペラペラ」ではないのですが、教養を感じさせる英語の使い手でした。
 
 けれど、「自分は英語が得意だ」という意識は、たぶん筑紫さんにはなかったのではないかと思います。むしろ、「ぼくは英語が下手だなあ」と思っておられたかもしれません。それでも英語でインタビューをなさっていたのは、自分の言葉でゲストと直接話をしたいという思いからではなかったかと、想像します。

 話を戻しますと、ホプキンスは筑紫さんの質問に饒舌に答え、おふたりの会話は弾みました。芸術にも造詣の深い筑紫さんは、ホプキンスの出演映画をたくさん観ておられたようでした。ホプキンスは俳優としての彼に対して、筑紫さんがきちんと敬意を払っていることを、敏感に感じとったはずです。

 当時、『ハンニバル』の大ヒットにより、ホプキンスは世界じゅうの映画関係者やジャーナリストから、いやというほどインタビューを受けていたにちがいありません。同じような質問ばかりされて、うんざりしていたことでしょう。筑紫さんのように、俳優としてのホプキンスにきちんと敬意を払ってインタビューできるジャーナリストは、欧米でも少なかったかもしれません。
 
 筑紫さんは、口の重いゲストに挑発的な質問をぶつけて無理矢理話をさせるという手法を、けっして採りませんでした。筑紫さんご自身とは違う考えを持つ政治家がゲストのときも、つねに相手に敬意を払い、穏やかな表情で、静かにインタビューをなさっていました。

 筑紫さんのインタビューを観るたびに、「いちばん大事なことはなんなの?」と、問いかけられているような気がしたものでした。
筑紫さんがもしいま生きておられたら、3・11以降の日本を、どんなふうに報道なさったでしょうか。

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プロフィール

May

Author:May
翻訳家。フリーランスになって24年。出版翻訳専門。京都府在住。

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