翻訳家による翻訳できない言葉の話

日本語と英語の狭間で呻吟し、言葉を超えたものに思いを馳せる翻訳家のエッセイ

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ネイティヴ並みの英語力



ある出版社が日本語のマンガを英訳する翻訳者を募集していました。条件は「10年以上アメリカ在住経験のある日本人」。

日本人が10年以上アメリカで暮らしたら、ネイティヴ・スピーカーのプロの漫画家と同じくらい生き生きとした英語のセリフが書けるはずだと、この出版社は考えているのでしょうか? 日本語の小説を英訳するのがなぜいつも英語のネイティヴ・スピーカーなのか、考えてみたことがないのでしょうか? 「マンガだからセリフは簡単にちがいない」とでも思っているのでしょうか? 

翻訳者募集広告でよく見かけるのが「ネイティヴ並みの英語力を有する方(TOEIC900点以上)」というような条件です。TOEIC900点でネイティヴ並み?

猪瀬東京都知事の英語でのツイッターが話題になったとき、こんな記事を目にしました。
http://getnews.jp/archives/284104

14歳のとき、両親に連れられてアメリカに移住した日本人が、親のつたない英語を恥じていたかつての自分を振り返って書いたブログの引用記事です。「父親はからっきし英語ができなかったし、アメリカの大学を出た母親の英語も、自分の英語が上達するにつれ、ほころびが目立つようになった。」

この方のお母様はアメリカの大学を卒業し、何年もアメリカで暮らしたのですが、この方はご自分の英語が上達するにつれて、お母様の英語がネイティヴの英語と違うことに気づいたわけです。お母様は何十年アメリカで暮らしても、ネイティヴ並みの英語力は永久に身につかないでしょう。これはこの方のお母様の能力が低いからではなく、言葉とはそういうものだからです。

国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会で上田秀明人権人道担当大使が、「Don’t laugh! Shut up!」と怒鳴ったことが話題になりました。YouTubeにも動画が出ていますが、ご覧になりましたか? YouTubeでも『ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン』の記事へのコメントでも、大使の発言が笑われたのは大使が「the Middle Ages」(中世)と言うべきところを「middle age」(中年)と言ったからだと指摘した人たちがいました。また、「この程度の英語力でよく大使がつとまるな」と大使の英語力を嘲笑する人もいました。

この動画を複数の英語のネイティヴ・スピーカーに観てもらいましたが、みな口を揃えて「なぜ笑ったのかわからない」と言っていました。「the Middle Ages を middle ageと言い間違えたから笑ったと指摘している人たちがいるけど?」とわたしが訊いても、「そうなの? 気がつかなかったけど。それに、ここは国連でしょ? 英語のネイティヴ・スピーカーではない人たちがたくさんいるところだよね? そんなところでこの程度の間違いでいちいち笑ってるの? だとしたら、笑ってる人たちの見識を疑う」という反応でした。(アメリカ人3人、イギリス人2人)

上田大使はハーバード大学の大学院を卒業しておられます。「ハーバード大学を卒業しているのに、この程度の英語力か」と嘲笑する人たちは、冠詞や単数/複数は英会話の初歩で、文法を理解していれば間違えないはずだと考えているのでしょうか? ハーバード大学を卒業しようが、何年アメリカで暮らそうが、日本語環境で育った人間が外国語として英語を身につけた場合、語学の大天才でもないかぎり、冠詞や単数/複数は永遠に間違いつづけます。「Shut up!」と怒鳴ったことは批判されてもしかたないと思いますが、上田大使の英語力を揶揄することには納得できません。

日本人と冠詞と言えば、マーク・ピーターセン氏の『日本人の英語』はお読みになりましたか? 1988年に発行されて以来、版を重ねている英語学習書の大ベストセラーです。アマゾンの100件を超えるレビューを見ると、この本を読んだ人の多くが「aは名詞につくアクセサリーではない」という著者の指摘に衝撃を受けたようです。

たしかにマーク・ピーターセン氏の冠詞の説明は一読に値すると思います。それでも、ピーターセン氏の冠詞の説明を読んで「目から鱗が落ちた」日本人がその後は冠詞を100パーセント正しく使えるようにはなるかと言えば、そうはなりません。けっして、なりません。

ちなみに、英語のネイティヴ・スピーカーであるマーク・ピーターセン氏は、この本を日本語で書いています。日本人の添削が入っているとは思いますが、ここまで日本語が書けるのですから、ピーターセン氏は語学の達人と言っていいでしょう。であれば、ピーターセン氏は英語のマンガを日本語に翻訳できるでしょうか? ピーターセン氏の日本語はネイティヴ並みでしょうか?

『日本人の英語』の9ページ目に、ピーターセン氏はこうお書きになっています。「私は、和英大辞典を壁に放り投げ、研究室の窓を開けて『日本語が嫌い』と叫んだことがある。恐ろしいことに、それは、日本語で叫んだのである。かなり夢中になっていて、かなり頭がおかしくなっていたので、日本語に関しての不満を日本語で言ってしまった。これは、自分からいうのはおかしいが、そういうような精神状態を読者にも薦めたいと思う。 “read, read, read”の上にさらに “write, write, write”のあまり、フラストレーションが高まってきて、頭がおかしくなり、 “I hate English!”とつい英語で叫んでしまうくらい、英語の『頭脳環境』に入ってみてほしいと思う」

お気づきでしょうか? 日本語のネイティヴ・スピーカーならぜったいに「英語が嫌い」とは叫びません。「英語なんか(大)嫌い(だ)」と叫ぶはずです。ピーターセン氏ほどの語学の達人で、日本語環境にどっぷり漬かって日本語を学び、これほど複雑な文章を日本語で書ける日本語力があっても、ごく簡単な文章が、このように不自然な日本語になってしまうことがあります。これがネイティヴ・スピーカーとそうでない人との違いです。

発音も、何十年も英語圏で暮らしても、圧倒的大多数の日本人がいつまでも日本語訛りを引きずりつづけます。ネイティヴ・スピーカーと間違われるくらい自然な発音ができるようになるのは、とびきり耳のいい、ごくひと握りの恵まれた人たちだけです。

どんなに努力してもネイティヴ・スピーカーと同じように英語を操ることは、外国語として英語を学ぶ日本人にとっては一生涯不可能だという事実を知っておくことは、現実的な学習目標を立てる上でも、ネイティヴ・スピーカーの英語と自分の英語をいちいち較べて恥じ入るという無益な英語コンプレックスからの解放という点でも役に立つのではないかと思います。日本人が目指すべきはネイティヴ並みの英語力ではなく、通じる英語を身につけることでしょう。

お嬢さんをインターナショナル・スクールに通わせた山田順氏が、『東洋経済Online』で「英語が話せないと『真の日本人』になれない」という記事を書いておられます。山田氏は、お嬢様がインターナショナル・スクール(幼稚園)に入園する前に少しは英語を教えておかねばならないと思い、アメリカ暮らしをしている友人に必要な表現を尋ねたそうです。するとその友人は、「おしっこしたい」という表現を教えておくといいとアドバイスしました。

山田氏は「『おしっこがしたい』『トイレに行きたい』は、文にすると、『I wanna make a pee-pee.』だ。娘が生まれて初めて覚えた英語はこれである。それを思うと、日本の英語の教科書がいまだに『I am a boy.』や『This is a pen.』で始まっていることが、何か根本的に間違っているのではと思う。」とお書きになっています。

このようにして英語環境にどっぷり漬かって育てば、ネイティヴ並みの英語力が身につくでしょう。日本語環境で育って中学から英語を勉強し、留学してアメリカの大学を卒業した人は、“I wanna make a pee-pee”という表現を知らないかもしれません。わたしは“pee”という単語よりも先に“urine”という単語を学びました。また、わたしはこれまで一度も“I wanna make a pee-pee”と言ったことがありません。成人した日本人にとって必要なのは“I wanna make a pee-pee”ではなく、“Could you tell me where the restroom is?/May I use the bathroom?”といった表現だからです。

文部科学省が小学生に中途半端な英語教育を施しはじめたのは、日本人が長年英語を学んでも英語ができるようにならないのは教え方(学び方)に問題があるからではなく、教えはじめる時期が遅すぎるからだと考えているせいでしょうか? 幼いころに子ども向けの英語教室に通ったにもかかわらず、結局英語ができるようにならなかった日本人がたくさんいるはずなのに、小学生のころに少々教えておけばもっと英語が話せるようになるはずだとか、発音がよくなるはずだとでも思っているのでしょうか?

ご存知の方も多いと思いますが、以前NHKで『英語でしゃべらナイト』という番組が放映されていました。2005年、この番組でわたしの大好きな芸人さん、劇団ひとりさんがアメリカ人俳優に英語でインタビューしたことがありました。劇団ひとりさんは小学校2年生から5年生までアラスカで暮らした、いわゆる帰国子女です。

わたしはそのことを知っていたので、インタビューを観てびっくりしました。劇団ひとりさんは英語がほとんど喋れないのです。もっと驚いたのは、発音が日本語訛りだったことでした。子どものころに3年以上アメリカで暮らし、毎日英語を話していたのだから、発音は忘れないはずだとわたしは思っていたのですが、その思い込みが間違いだったことに気づかされました。


劇団ひとりさんがあまりにも英語を話せないので、まともなインタビューになっていませんでした。よくぞこんなインタビューを放映したものだと、わたしはNHKの判断にも驚きました。ここからはわたしの想像ですが、たぶん劇団ひとりさんは、自分が英語を話せないとは思っていなかったのでしょう。子どものころに毎日普通に話していたから、「インタビューなら楽勝だ」と考えて、下準備をせずに収録に臨んだのだと思います。劇団ひとりさんが帰国子女だということを知っていたNHKのスタッフも、まさかそんなに喋れないとは想像していなかったのでしょう。インタビューは惨憺たる出来でしたが、出演したアメリカ人俳優との契約もあり、NHKとしては放映するしかなかったのではないでしょうか?

このときの映像を、NHKはぜひ公開してほしいものです。小学校で中途半端な英語教育を施すことがいかに無駄かということが、この映像を観ればはっきりわかると思うからです。小学校2、3年生のころの劇団ひとりさんは、たぶん“I wanna make a pee-pee”という表現を言えたでしょう。小学校5年生のころには自分の考えをすらすら英語で表現でき、発音もネイティヴ並みだったかもしれません。5年生のときに日本に帰国しましたが、中学からは英語の授業が始まったわけですから、劇団ひとりさんが子どものころに英語から完全に離れたのはわずか1年から2年弱です。それなのに28歳になったとき、劇団ひとりさんは英語で簡単な質問すらできませんでした。

必要や興味がなく、使わずにいれば、言葉は忘れるものだということでしょう。劇団ひとりさんは芸人として大成功しているのですから、英語を使う必要はありません。結局のところ、日本人の大半は英語を必要としていないのです。わたしが学生のころに学んだ微分積分を、いまではその概念すらきれいさっぱり忘れてしまったのと似たようなものです。大人になって微分積分を忘れて自己嫌悪に陥る日本人を見かけたことがないのに、使う必要のない英語ができないことをコンプレックスに思う日本人が多いのはどうしたわけでしょう?

もちろん、英語を必要としている日本人もいます。ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授の英語での記念講演はご覧になりましたか?
http://www.nobelprize.org/mediaplayer/?id=1866

山中教授は「自分は英語が下手なので」とおっしゃっていますが、日本人全員がインターナショナル・スクールに通うことが不可能である以上、日本人にとって現実的な目標はネイティヴ・スピーカーのように流暢に喋ることでも、スラングを使いこなすことでも、 “I wanna make a pee-pee”というような幼稚な表現を知ることでもなく、山中教授のように確実に相手に通じる英語が使えるようになることではないでしょうか。

山中教授はどのように英語を学んだのでしょう? アメリカで研究生活を送る前に、どのように英語を勉強して、実際にアメリカで暮らしはじめてからは、どんなふうに英語を使っていったのでしょうか? 帰国子女の英語ではなく、山中教授のような日本人の英語学習法こそ、多くの日本人にとって参考になるはずです。

山中教授は講演の原稿をネイティヴ・スピーカーにチェックしてもらったかもしれません。臨機応変にネイティヴ・スピーカーに助けを求め、大切な講演の原稿や論文をネイティヴ・スピーカーに添削してもらうのは賢明なやり方だと思います。

添削と言えば、猪瀬都知事の話題に戻りますが、都知事はなぜご自分で書いた通じにくい英語でツイートしなければならないのでしょう? どうしてツイートをネイティヴ・スピーカーに添削してもらって、ストレートに意味の通じる英文を発信しようとしないのでしょうか?

猪瀬都知事の英語が「恥ずかしい」とは、わたしは思いません。恥ずかしくはありませんが、都知事という要職に就いている政治家が意味の通じにくく、誤解を招きやすい英語でツイートして、それを駐日大使や外国の政治家、オリンピック関係者に読ませることが、東京都や日本の利益になるとは思えません。

知事ご自身が想像しているのとは、まるで違った意味にとられる英文を書いてしまったときに、「いや、そういう意味で書いたわけではない。ぼくは英語が苦手なので、そういうつもりではなかった」と言い訳しても、いったん発信してしまったら「英語が苦手だから」ではすまないこともあるだろうと思うのですが。

「英語くらいできなくては」「これくらいは英語で」とお考えになっているのでしょうか? ご自分の専門分野でもない英語に、どうしてそんなにこだわるのでしょう? なぜ堂々と通訳者や翻訳者を使わないのでしょう? 

海外でも人気のある日本のアーティストが、たとえ英語があまり得意でなくても自分が書いた英語でツイートすれば、海外のファンは喜ぶでしょう。そういった発信の仕方は意味があると思います。けれど、猪瀬知事のツイートはそれとは性格が異なります。英語のスピーチの練習をしたり、誤解を招きやすい英語でツイートしたりする時間とエネルギーを、ほかの仕事に振り向けたらどうかと思うのは、わたしだけでしょうか。

(ものすごく長く、とりとめのない記事になってしまいました。最後まで読んでくださってありがとうございます)



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(1988/04/20)
マーク・ピーターセン

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あなたの英語はネイティブスピーカーに笑われてる?

他人の仕事にケチをつけるのは、あまり建設的ではないと思いますが、目に余る悪質な英語学習本があるので、今回はそれについて書きます。
タイトルは『爆笑! 英語コミックエッセイ 日本人のちょっとヘンな英語』です。じつは私はこの本を買っていませんし、読んでもいません。YouTubeのつぎの動画を観たのみです。




この本は、複数の英語ネイティヴの知人、しかも複数のアメリカ人(著者と同じアメリカ人)が、「間違いだらけの内容。読むべきではない」と言っています。

YouTubeの動画の内容だけを観てもでたらめだらけですし、著者が日本語のニュアンスをきちんと理解できていないこともわかります。この著者はGoodbyeは「死語」だと指摘し、Goodbye は日本語の「あばよ」のように聞こえてしまうと主張しています。

著者はGoodbyeは古めかしい表現だと主張したがっているようですが、そうであるなら「あばよ」ではなく、むしろ「さらば」と書くべきでしょう。Goodbyeは丁寧な表現ですから、「あばよ」は訳語として不適切です。

ちなみに、複数のアメリカ人がGoodbyeは死語ではないし、丁寧な言い方だから使ってもなんの問題もないと言っています。また、このYouTubeのビデオを観ると、著者はGood byeと綴っているようですが、Goodbye もしくは Good-byeが正しい綴りだと思います。まあ、こんな綴りは間違えても意味は通じるので、いちいち問題にすることはないのですが、この著者の態度があまりにも不愉快なので、ついついこちらも重箱の隅をつつきたくなってしまいます。

どうしてこんなにこの著者に対して腹が立つのかと言えば、「私の英語は不自然なんじゃないか? 意図が誤って伝わっていないだろうか? ニュアンスはちゃんと伝わっているだろうか?」という、日本人の至極まっとうな不安にこの著者はつけ込み、まったくのでたらめを吹き込んで商売をしているからです。

自分の英語がネイティブスピーカーの耳にどんなふうに聞こえているのか知りたいと思うのは当然ですし、文脈に合わない表現をもし使っているなら修正したいと考えるのも、すばらしいことだと思います。それなのにこの著者は・・・。

外国語を学ぶ上で一番むずかしいのは、文法でも発音でもなく、ニュアンスを正確に捉えることではないかと思います。英語が上手になればなるほど、ニュアンスに気を配る必要が出てきます。たどたどしい英語しか話せないうちは、細かいニュアンスをそれほど気にする必要はないと思います。というのも、あまり英語が得意ではないことが明らかな場合は、多少失礼な言い方をしてしまったとしても、相手は「この人は英語があまりできないから」と考えて大目に見てくれる可能性が高いからです。

ネイティブスピーカーから、「この人は英語がとても上手だな。かなり高度な英語を使う人だな」と思われるレベルに達してしまうと、まずい言い方をしてしまったような場合に、「この人は英語ができないから」と大目に見てもらうことがむずかしくなります。こちらとしては失礼な物言いをしたつもりはなくても、相手を傷つけるような表現を使ってしまったり、尊大に聞こえるような言い方をしてしまったりといったことがあり得ます。とくに電話や文章(電子メールなど)で表情が見えない状況ではなおさらです。

これは日本人同士が日本語でやりとりする場合も同じですよね。ちょっとした言葉遣いで相手を不愉快にさせてしまったり、友達との関係にヒビが入ったりということはあると思います。

でも振り返ってみれば、私の経験では、いったん仲良くなった外国人と、言葉の行き違いで仲違いしたことはありません。お互いに相手の失言を大目に見たり、好意的に解釈する態度が身についていたのかもしれませんね。

ただ、ある知人の英語を私が悪いほうに解釈して、勝手に腹を立てたことがありました。そもそもその人に対してあまりいい印象を抱いていなかったせいもあるのですが、恥ずかしいことに、自分の英語力不足に気づかずに、相手の優しい言葉を正反対の意味に解釈してしまったのです。

その人が言った言葉はこうでした。You don’t have to explain.
私が自分の決断を、その人に対して説明していたときのことです。私はそのとき、You don’t have to explainを、「説明する必要はないですよ(そもそもあなたの説明なんて聞きたくないから)」というふうに解釈してしまったのです。実際には、「説明しなくてもいいですよ(私に対して申し開きをしなければならない義務は、あなたにはありませんよ)」という意味だったのに。私がほんとうの意味に気づいたのは、何年も経ってからのことでした。映画だったか小説だったかのなかでこの表現が使われているのを見たときに記憶が甦り、「あ!」と思ったのです。

言葉は人間同士のやりとりですから、究極的には人間性の問題に行き着くような気がします。相手の間違いは大目に見つつ、自分の英語力を過信しないように謙虚に学びたいものですよね。

すっと英語が出てくるようになるには

 高校卒業まで6年、あるいは大学も入れて10年も英語を勉強したのに喋れるようにならないと感じている日本人のあいだで、スカイプを使った安価なフリーカンバセーションの英会話スクールに人気が集まっているようですね。

 NHKラジオで『英会話タイムトライアル』という新番組が始まったのをご存じですか? 言いたいことを瞬時に言えるようになるためのトレーニングを主眼としているようです。2部構成になっていて、最初は日本語の文章を英語の文章に即座に変換する練習、次は対話形式で、講師の英語の質問に即座に英語で答える練習です。

 4月2日の放送分を聴いてみました。まずは以下の4つの文章でした。
「こんにちは」
「ごめんください」
「あのー、すみません」
「質問してもいいですか?」

 対応する英語は、”Hi.” “Hello.” “Excuse me.” “May I ask you a question?”でした。
「ごめんください」という日本語を聴いたとき、わたしはちょっと戸惑いました。日本語で「ごめんください」と言うのはどういう場面だろうかと、まずそれを頭のなかに思い浮かべてから、その場面で英語だったらなんて言うだろうかと考えて、やっと出てきた答えが、”Hello.”でした。簡単な英語ですが、瞬時には出てきませんでした。なぜなら、最初に日本語の「ごめんください」が頭のなかに入ってしまったからです。そこから翻訳することは、最初から英語でHelloと呼びかけることよりもむずかしいのです。

 こんなふうに書くと、「やっぱり英語で考えられるようにならないとだめなんだ」と誤解されてしまうかもしれませんね。「英語で考えなさい」とか、「英語で考えられるようになりなさい」というようなことを勧める人がいます。わたしは英語で話すときに、英語で考えているわけではありません。ぼんやりしたイメージや思いを言葉として外に出すときに、日本語としてそれを出すか、英語として出すかという違いがあるだけです。言葉を使って考えてから話すわけではありません。

 このことについてブログ記事を書こうと思いながら書きあぐねているうちに、「英語を話す人は英語で考えているわけではない」ことを簡潔に説明しているサイトを見つけました。
http://www.namaeigo.com/topics/eigono.html
 このサイトの管理人、松尾光治さんがお書きになっていることは、ほかにも英語学習者の参考になることが多いと思います。英語の学習法で悩んでいる方は精読することをお勧めします。

 使える英語を学ぶのに一番いい方法は、「いま、あなたはあるお店に入っていきましたが、店員の姿が見えません。どうやら店員は店の奥にいるようで、気配は感じられます。店の奥に向かって、店員を呼んでください」というように、状況を提示して、その状況において英語でどう言うかを学ぶことです。

 人に話しかけたのに、その人がぼんやりしていて、こちらが話しかけたことに気づかないときなどにも、少しふざけた口調で “Hello?”と言ったりします。「聞こえてる? (もしもし、聞こえますか)」というような意味です。

 NHKのこの新番組は、日本語から英語へいちいち翻訳しなければならないという欠点を差し引いても、かなり使えると思います。とくに対話形式で講師の質問に瞬時に答える練習は役に立ちそうです。対話形式のやりとりは、4月2日の放送では、コンビニやスーパーマーケットの場所や方角を尋ねられ、それに答えるという内容でした。

 ところで、NHKは今春から、コミュニケーション能力レベルを示す基準としてヨーロッパで広く採用されているCEFRという指標を導入し、各語学講座のレベルをCEFRで表示しています。それによると、『英会話タイムトライアル』はA2レベルとなっています。A2は、日常の基本表現を理解して、簡単なやりとりができるレベルとされています。

 NHKは『基礎英語1』と『基礎英語2』をA1レベルと設定しています。A2はA1よりも一段階上のレベルです。つまり『英会話タイムトライアル』は、A1レベルをクリアした人を対象にしているわけです。

 ここは大切なポイントです。冒頭に書いたように、フリーカンバセーションを売りにした安価な英会話スクールに人気があるようです。Lang-8のように、自分が書きたいことを書く自由英作文のサイトも、有料、無料問わず人気があります。学校で長年英語を習ったのに英語ができるようにならないのは、アウトプットの練習をしていないせいだと考える人が多いからでしょう。

 けれど、基礎ができていない人がアウトプットの練習をしても、片言の英語しか話せるようになりません。これに関しても松尾光治さんが、英語ネイティヴと結婚している人たちの英語について同様のことをお書きになっています。
http://www.namaeigo.com/topics/5years.html

『英会話タイムトライアル』の4月2日放送分のなかで、コンビニやスーパーマーケットの場所を訊かれたときの答え方として、”That way, I think.”という表現が使われています。また、”Thanks.” と言われて、”No problem.” と答えています。英語圏で長年暮らしている人や、ネイティヴ・スピーカーと結婚している人は、こういうことは即座に言えるようになります。英語がほとんどできない人がそういう人の英語を聴くと、英語が「ペラペラ」に聞こえるかもしれませんが、じつは、まとまった文章を作る力はなくて、かなりめちゃくちゃな英語を話していたりします。

 基礎学力のない人が、『英会話タイムトライアル』で使われている “That way, I think.” という表現を憶えると、適当な英単語を並べて、I thinkをそのあとにくっつけるという英語の話し方が癖になったりします。そういうことを繰り返しても、まとまった英文を話せるようにはなりません。Frankly, I think that too many people are obsessed with the idea of “becoming fluent in a foreign language.” というようなまとまった文章を、言ったり書いたりできるようにはならないのです。

 基礎的な英語力がない人は、英語に囲まれて長年生活しても、ネイティヴ・スピーカーのまとまった英語を正確に理解したり、きちんとした英語を話したりできるようになりません。たとえば、ネイティヴ・スピーカーと結婚している人が、結婚相手の家族と一緒に感謝祭を過ごすとしましょう。一緒に料理を作るような場面で、「ねえ、それ、とって」「これをあっちのテーブルに運んで」というような英語は理解できますし、自分でも言えますが、話が複雑になってくると、みんなの会話を理解することも、積極的に会話に参加することもできません。構文を知らず、語彙も乏しいからです。

 こういう状況にある人たちは、周りの人たちの会話についていけない状況に慣れていきます。長年日本で暮らしていながら日本語がほとんどできない外国人と同じ状況にいるわけです。

 もちろん、これを悪いと言っているわけではありません。英語のネイティヴ・スピーカーと結婚したからといって、きちんとした英語を話せるようにならなければだめということはないのですから。英語圏で何十年暮らしても、はちゃめちゃな英語を話す人もいますが(日本人にかぎらず)、それでも暮らしていけて、本人がそれでいいと感じているのであれば、なんの問題もないでしょう。

 ただ、基礎ができていない状態で、短い決まり文句のアウトプットだけを繰り返しても、まとまった文章を作れるだけの英語力は身につかないということだけは知っておいたほうがいいと思います。フリーカンバセーションや自由英作文を繰り返せば、そのうちに自然に英語力が身について、日本語と同じように英語を操れるようになると考えるのは幻想です。

 英会話学校も有料の添削サイトも商売ですから、「フリーカンバセーションや自由英作文ができるだけの英語力はあなたにはありませんよ。基礎から勉強し直してください」とは言わないでしょう。「アウトプットの前に、インプットをちゃんとしてください。自分でちゃんと勉強してください」とは言わないでしょう。学校側としては、長い間在籍してくれればくれるほど、お金になるのですから。

 日常英会話ができるだけの基礎力が自分にあるかどうかを確認する意味でも、『英会話タイムトライアル』は使えるかもしれません。第1課で使われた ”May I ask you a question?” “What’s the name of the convenience store?”という文章を簡単だと感じ、自分でもこのような文章を組み立てて言ったり書いたりできるだけの英語力があるのなら、この番組はとても役に立つと思います。逆に、『英会話タイムトライアル』に出てくる構文を難しく感じるのであれば、『基礎英語』のシリーズからやり直すことをお勧めします。

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プロフィール

May

Author:May
翻訳家。フリーランスになって24年。出版翻訳専門。京都府在住。

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